- Column
- 大和敏彦のデジタル未来予測
小売業にAIを適用する「エージェンティック・コマース」が迫る変革【第109回】
実店舗や製造業などにも影響は波及
データに基づいて生成AIシステムがさまざまに選択し、商品購入を進めるようになると、小売業にあっては「商品を売ること」から「顧客の需要を予測し、売れる商品と、その価格を決め、販売を最適化する」ことが重要になってくる。そのため、ECサイトだけでなく、さまざまな仕組みを変える必要が出てくる。
店舗
先進的な店舗では、AIカメラやセンサー、無人レジなどを導入し、入店した顧客を認識し、購買情報や、手に取った商品など顧客の行動などの分析するようになる。販売状況や欠品の自動検知など店舗内の情報収集、店内ロボットによる品出し、AI技術やロボットによる接客支援など自動化・無人化も進む。店舗は単なる販売拠点から、商品の体験や在庫・配送拠点を兼ねた受取拠点へと進化する。同時に、顧客が望みそうな新商品を提案する場としても有効になる。
パーソナライズ
個人の認識とデータの蓄積・分析によって、個人の要求に基づいたパーソナライズが可能になる。店舗へのAI技術導入やスマートフォンを活用することで、顧客の過去の購買情報や来店情報に基づいてサイネージを変え、ある商品と同時に別の商品を進めたり、顧客の好みの商品を進めたりも可能になる。並行してマーケティングも変化が必要である。マスマーケティングから個人の嗜好や趣味にあわせたパーソナライズドマーケティングの重要性が増す。
製造・物流(サプライチェーン)
需要予測の精度が高まることで、製造業のサプライチェーンも欠品や廃棄、在庫や物流費の削減につながる。店舗AIシステムの情報により、需要を検知し、それに基づいて生産計画を変更するようにもなる。ダイナミックプライシングも可能になる。天候や時間帯、在庫数、商品の賞味期限と販売状況に応じて値段を変え、それを顧客に伝えることで販売を促進できる。
製造業自身も、これまで以上にデータの収集・分析と迅速な変化への対応が必要になる。小売り、メーカー、物流がシステム連携し、AI技術によって顧客需要が予測され、AIエージェントが商品を選び価格を決めるようになると、メーカーは需要予測の精度を高め、実際の販売状況や在庫のデータに基づき必要数だけを製造できるようになり、製造から物流、販売までの最適化が図れる。
安全な取り引きを守るための対策が重要に
一方で、エージェンティック・コマースの進展により下記のような脅威が生まれる可能性がある。
●需要予測、価格決定、発注、生産計画といった複数システムの連鎖によって仕組みが成り立っているため、誤判断があった場合、その誤りは拡大し大規模なトラブルを生む可能性がある。サイバー攻撃時やシステムトラブル時にも大きな影響となる
●それぞれのシステムが最適化を目指すことによって、意図しない価格競争や価格の高騰などの価格トラブルが起こる可能性がある
●自動化によって一度囲い込まれた顧客は変更が難しくなり寡占が進む
●自動化によって、判断の責任があいまいになったり、人の自律性の低下を招いたりする可能性がある
エージェンチック・コマースは、購買の自動化を実現する。提案に基づいて商品を選択するだけで購買ができる。日常品などの定期的な購買における自動化、商品を選ぶ時の商品理解、選択、検討へのAI技術の活用は有効だ。
小売りと製造が連携した販売形式も増加していくであろう。AI技術の活用によりデータの価値が高まり、データによる販売・物流・製造の連携が始まる。小売り、物流、製造を統合するDX(デジタルトランフォーメーション)が加速され、データが不十分なサイトは、その候補から外れる。
小売業におけるAI変革が進む中では、AI技術を使った取り引きにおける安全を守るために、高額取引や契約条件の変更といった重要事項には人間の承認を不可欠にする仕組みや、AIエージェントが何を参照にして何と比較し、取引を実行した理由を検証できるような仕組みが重要になる。
大和敏彦(やまと・としひこ)
ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。
その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。