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小売業にAIを適用する「エージェンティック・コマース」が迫る変革【第109回】

前回『「Mythos」が見せたサイバーセキュリティの一大変革【第108回】』で触れたようにAI(人工知能)技術の推論能力や自律性の進化は、AIシステムの役割を「LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)によって回答する」ことから「目的を実行すること」へと広げた。AI技術は、さまざまなことを変革しつつある。今回は小売業におけるAI技術による変革を考えてみたい。
小売業でのAI(人工知能)技術の利用について米Adobeがまとめた『Adobe Digital Insight(旧Adobe Digital index)』によると、米国のオンライン消費の伸びは穏やかであるが成長している。その中では生成AI技術を経由したトラフィックが急増している。
生成AI経由のアクセスがEC事業を押し上げ
Adobe Digital Insightによれば、2025年10月のオンライン消費は前年比8.2%増の887億ドルだった。うちモバイルが 51.4%と過半数を占め、前年比11.6%増の456億ドルと強い伸びを示した。日本でも、EC(Electric Commerce:電子商取引)化率は、小売り全体の約10%を占めた(経済産業省調べ)。2025年度における2人以上の世帯を対象にしたネットショッピング利用世帯の割合は、前年度比1.6%増の56.9%だった(『家計消費状況調査』、総務省)。
こうしたオンライン消費にも生成AI技術による変化が押し寄せている。生成AIシステムからWebサイトへ流入するトラフックは、2024年7月から2025年2月の間に10倍以上に増えた(『Adobe Digital Insight』)。従来の検索やSNS経由ではなく、生成AIサービスを入口に商品を検索・検討してからECサイトへ向かうトラフィックが前年比1200%と急増している。
生成AI経由のアクセスの伸びは小売りが顕著で、それに旅行分野と金融分野が続く。生成AI経由の利用者は、商品を検討後にサイトにアクセスしているため、サイトの滞在時間や閲覧ページ数などが他のサービス経由の利用者に比べ高く、購買に結びつく比率も16%高い。2025年9月にはWebサイト訪問者のうち、購入や問い合わせなど、そのサイトの最終成果に至った件数の割合であるコンバージョンレートでは生成AI経由が逆転した。
このように生成AI技術は検索機能によって商品を探し出す方法を変えつつある。単に検索機能を代替するだけでなく、希望に応じた商品の選択や理解、比較検討を代行する。特に比較検討が必要な商品や高額商品に有効で、投資商品や旅行、保険、PC、家電といった領域での採用が進んでいく。
さらに商品購入における生成AIサービスの働きは、検索や比較、提案などの情報収集の道具から、購買者の意図を理解し、その意図に沿って商品を選択する購買エージェントへと進む。
購買情報の収集は人主体からAI主体に
こうした生成AI技術により自律性を高めた購買を可能にするのが「エージェンティック・コマース」だ。AI技術を使って、条件の複雑な商品選定や、BtoB(企業間)の調達や発注、日用品の補充などを自動化する仕組みである。
米ATカーニーはエージェンティック・コマースを「AIエージェントが商品の発見から比較、交渉、検証、支払いまでを実行する購買・決済モデル」だと定義する。購入者は、目的や希望を伝えるだけで、それに合致しているであろう商品の提案を受け、選択するだけで購買を完了できる世界が訪れる。2030年までに年間オンライン販売の約4分の1に総称する約10兆~12兆ドルを動かす可能性があるとATカーニーは予測する。
すでに、米OpenAIの「ChatGPT」のショッピング機能や、米Perplexityの「Buy with Pro」、米Amazon.comの自動再注文といった仕組みの実装が進んでいる。ChatGPTのショッピング機能では、会話による条件提示を受けて商品候補を探し、商品検索・レコメンド機能を提供する。提携するECサイトと連携し商品探しや購買を実現する。Buy with Proは、製品の検索から購入までをワンストップで提供しており、一部商品については決済までを実行できる。
さらに今後は、商品に対する直接要求だけでなく、AI技術が顧客の購入履歴や好み、予算と商品の在庫、配送時間までを考慮して商品を選び出し、購入・決裁までを実行する方向に発展しようとしている。そうしたエージェンティック・コマースによる商取引の変革は、さまざま分野に影響を与える。最も影響を受けるのがECサイトだ。
エージェンティック・コマースでは、購買のための情報を収集するのが人からAI技術に代わる。そこでは人が選ぶのとは異なった準備が必要になる。検索エンジンからの集客を増やす方策である「SEO(Search Engine Optimization)」は意味がなくなり「AIO(AI Optimization)」と呼ばれるAI技術による検索に自社のコンテンツを引用・推奨させるための最適化が必要になる。
ECサイトの構築者は、自社や自社の製品をAI技術がどう扱うかを考えなければならなくなる。AI技術が選択するためのデータの正確性や信頼性、網羅性、文脈の明確さやアップデートの迅速性などが重要になる。さらに、スペックや価格といった商品データだけでなく、在庫や配送などに関するデータも選択肢として必要になる。AI技術が引用しやすいデータ形式にする必要もある。
そのためには、在庫・価格・配送に関して、リアルタイムに連携したデータ収集と蓄積が必要になる。それらの最新データをリアルタイムに提供するためには、商品データの構造化を図る必要がある。古いシステムでは追従するためのコストが増えるため、データ統合基盤のデータ変革が望まれる。データ統合基盤の構築は、データの集積や分析にも役立ち、顧客の需要予測や商品戦略構築のためにも使える。
生成AIシステムからのアクセスが増えることにより、API(Application Programming Interface)に対するサイバー攻撃も増える。偽のWebサイトの排除、脆弱性の排除やDDoS(Distributed Denial of Service)対策などのセキュリティ対策が不可欠になる。