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ドメイン知識をAIシステムに組み込む過程で組織も改善できる【第4回】

松崎 潤(日本TCS IoT戦略本部 シニアデータサイエンティスト)
2021年6月3日

ドメイン知識を数理モデルに変換する過程で意思決定の改良が容易に

 図1は、私達が日々の行動を決める際や、組織において次のアクションを決断する際の意思決定を分解したものだ。意識することは少ないが、意思決定には4つの過程が含まれている。

図1:意思決定の流れの分解

過程1 :取り得る行動(アクション)の範囲や選択肢の設定

過程2 :特定のアクションを取った後の状態に関する予測。これまでに挙げた例では、余寿命予測や需要予測がこれに当たる。意思決定における予測は、人間だけでなく、ある程度複雑な動物では必ず行っていると考えられる。例えばトンボは捕食時に、飛行している獲物の現在位置でなく、未来の位置に向かうよう羽を動かしているとみられることが知られている。

過程3 :アクションの価値を評価する基準。アクション後の状態から得られるベネフィットと、アクションのコストを金額など同じ単位で評価し、足し合わせて一つの指標にする。組織の営業利益やKPI(重要業績評価指標)は、評価基準を構成する要素である

過程4 :価値を最大化する行動を探索する、最適化。過程1の範囲や選択肢の中から、仮にあるアクションを起こした後の状態を、過程2によって予測し、それに基づいて過程3のアクションの価値を評価することを繰り返し、価値を最大化する行動を探索する。

 意思決定のためにAIシステムを開発する場合、意思決定の過程を分解し明示する必要がある。分解し明示することの副産物として、これまで行ってきた意思決定の過程が適切であったかどうかが検証され、その改善が容易になる。

 具体的には、過程1の取り得るアクションの範囲や選択肢と、過程3のアクションの価値を評価する基準は、意思決定を自動化することが目的なら、必ず明確にしなければならないものだ。

 AIシステムの開発においては、業務の中で日々の意思決定を行っている組織や担当者と協議し現状を明確にしていく。その副産物として、必要なら過程1で前提にしているアクションの範囲や、過程3のアクションの評価基準を、組織の現状や目標に合わせて改良できる。

 一方、AIシステムの開発は、意思決定の一部である、過程2の予測のみを目的とすることも多い。汎用の構造を持つ機械学習モデルを用いたAIシステムを開発する場合でも、どのようなデータを入力として用いるかを探索し選択する過程で、日々の意思決定にどのようなデータを用いているかが明確になる。

 さらに、AIシステムに組み込むためにドメイン知識を数理モデル化する過程では、組織や担当者が、データの他に、何を前提条件や常識として仮定し、予測しているかが明らかになる。

 ただ、組織や担当者の前提条件や常識を数理モデルに組み込んでも、それらの全てが正確で、稀な状況にも頑健な予測に寄与することは限らない。AIシステムに組み込んで予測を実行し、精度を定量的に評価することで、それらの仮定の中で、どれが信頼できるもので、どれが思い込みだったのかが明らかになり、改善が可能になる。