• Column
  • AI協働時代の技能継承のカタチ〜技と知を未来につなぐために〜

製造業における技能継承とAI:品質管理編【第2回】

西岡 千尋、滝本 真(アビームコンサルティング AI Leapセクター)
2025年7月14日

センサーの進歩で音や振動、温度などの微細な変化の数値化が可能に

 前回、技能継承における課題として暗黙知の存在を挙げた。官能検査の技能継承においても、熟練者の感覚や経験が暗黙知として蓄積されており形式知化が難しいという構造的な課題を抱えている。官能検査の分野では「数値化」のアプローチが、熟練者の知見の体系的な蓄積・共有には必要になる(図4)。

図4:官能検査の技能継承では暗黙知の「数値化」が不可欠に

 近年、測定機器やセンサー技術が進化し、音や振動、温度などの微細な変化を数値化できるようになっている。この技術を活用することで、エンジンや機械の状態を解析する際に、熟練者が感じる“異常”を繰り返し確認し、客観的なデータとしての記録が可能になる。

 例えば異音の検出では、センサーから得られる周波数や振動の強度を数値化すれば、通常とは異なる挙動を明確に識別できる。具体的には、一定間隔で音波を録音し、その波形を解析することで、どの周波数帯に異常が見られるかを測定する。

 熱カメラや振動センサーを用いて部品の摩耗や損傷を検出する手法も有効だ。振動センサーによって取得したデータを複数のファイルと比較すれば、わずかな振動の差異から微小な不具合を早期に見つけられる。

 こうした計測データを、過去の記録だけでなく、熟練者が「何かおかしい」と感じたタイミングのメモやヒアリング結果とも突き合わせることで、異常が起きる兆候を、より早い段階で察知できるようになる。

 単に数値の変化を追うのではなく、熟練者の感覚を客観的なデータと結びつけることで、問題の根拠や発生しやすい条件を明確にできる。その結果、実際に機械が停止する前にメンテナンスを実施すれば、故障を未然に防げる確率を高められる。

 特定の周波数帯に異常が生じていると数値的に判明した場合、熟練者が「いつもの音と違う」と直感的に感じる瞬間と合致するかを確認すれば、その時点で原因を特定し早期に対処できるということだ。

“勘所”を数値化し熟練者の“感覚”と紐付ける

 数値化は具体的には、以下のような手順で熟練者の感覚や経験を定量的なデータに落とし込む。

ステップ1:高精度センサーの設置、測定項目の選定

 まず、どの部位で、どんな要素を測定すべきかを決定し、高精度センサーを設置する。振動や温度、音、圧力などが代表的な測定項目だが、ベテランが異常を感じやすい箇所に集中してセンサーを配置することで、現場の“勘所”をより効果的にデータ化できる。

ステップ2:ベテランの感覚とデータの紐づけ

 センサーが測定した数値を集めるだけでなく「ベテランは数値の変化をどう感じたのか」「異常を感知したとき、データには、どんな兆候が表れていたのか」を突き合わせることが重要である。例えば「ある周波数帯が増幅すると不快なノイズが生じる」といった感覚的判断を数値に照らし合わせて整理する。

ステップ3:データの可視化

 収集したデータをグラフやヒートマップ、周波数スペクトルなどの形で可視化する。これにより、五感だけでは捉えにくい微妙な異常や異音を客観的に確認できる。例えば「特定の周波数が突出している」というデータがあれば、その原因をさらに詳細に調査できる。

ステップ4:データのしきい値の設定

 正常時と異常時のデータを比較し、故障や異常の兆候を示すパラメータを抽出する。ベテランが「何か変だ」と感じる瞬間の数値的境界や許容範囲を定義することで、判断基準を定量化し再現性を高める。

 これらのステップを踏むことで、それまで熟練者の“勘”として語られるだけだった技能を、より客観的かつ汎用的な形で継承できるようになる。数値化は熟練者のノウハウを次世代に引き継ぐ道を一段と広げるだろう。

 そうして得られたデータをAIが学習・分析することで、異常の早期発見や判断基準の精度向上にもつなげられる。人の感覚とAI技術を組み合わせることで、熟練者の技能をより確かな形で次世代に引き継ぐ道が開かれつつある。

西岡 千尋(にしおか・ちひろ)

アビームコンサルティング 執行役員・プリンシパル AI Leapセクター長。コンサルティングファームのマネジングディレクター、チャットボット開発企業のCDO(最高デジタル責任者)を経て、アビームコンサルティングに入社。テクノロジーとイノベーションによる社会貢献を進めるとともに、クライアント企業のDXやデータドリブン経営の実現を支援する。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士。

滝本 真(たきもと・まこと)

アビームコンサルティング AI Leapセクター シニアマネージャー。大手通信会社においてプロダクトやサービスの企画・デザイン経験を積み、デザインコンサルにてUXデザインを活用した事業・サービス企画に従事。その後、戦略コンサルにおいてデザインを取り入れた戦略策定などを実施。アビームコンサルティング入社後はデザイン×ビジネス×テクノロジーの観点から、事業戦略立案からエグゼキューションまで一貫した支援を推進。iF DESIGN AWARD、Red Dot Design Award、HCD-Net AWARDなど受賞多数。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。