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  • 社会の成長を止めないIoTセキュリティの姿

IoT機器の「セキュアデータプラットフォーム」でスマートモビリティ社会を支える

「IoTセキュリティフォーラム2023」より、産業技術総合研究所の田中 良夫 氏

阿部 欽一
2023年11月13日

秘匿化技術を実装しセキュアなデータ収集・連携基盤を実現する

 これらの研究開発のうち、電動車運用の最適化をデータの側面から支えるのがセキュアデータプラットフォームだ。(1)安全なデータ収集を担う「車両データ収集システム」と、(2)データの機密性に応じたセキュリティと利便性を実現する「データ連携基盤」からなる(図2)。元データには、「秘匿化・匿名化などにより機密性のレベルを複数定め、最高レベルの機密性データに対しては、分散計算や秘密計算といった分析処理の仕組みを導入する」(田中氏)としている。

図2:「セキュアデータプラットフォーム」の全体像

 車両データ収集システムとしては、車両の各種データを安全に収集するためのIoT(モノのインターネット)デバイスや、データ格納のためのシステムアーキテクチャーを開発する。IoTデバイスとしては、デジタル式の運行記録計であるデジタコに組み込んでデータを直接取得し、Wi-FiやLTEなどで通信できるプロトタイプを開発中という。「デバイス内で、ある程度の処理が可能で、将来的には秘密分散処理など秘匿性を守る技術の実装を考えている」と田中氏は話す。

 一方のデータ連携基盤では、「車両データの漏えいの可能性を最大限減らしつつ、統合的なデータ分析が可能な仕組みを提供する」(田中氏)のが目標だ。漏えい防止には秘密分散技術を使う。データを複数の分散片に分け、それぞれを異なるストレージに保存することで「分散片が漏れても情報は漏れないようにする」(同)。分散片の1つひとつは意味をなさないからだ。

 しかし、「秘密分散でも、データを分析するために復元した際に漏えいするリスクは残る」(田中氏)。そこで秘密計算技術を組み合わせる。分析するデータの分散片を複数のサーバーに送信し、各サーバーが分散片の内容を漏らすことなく協調して計算を実行する。「最終的に各サーバーは、自身が実施した計算結果の分散片のみを出力するため、いずれのサーバーも出力値すら分からず、データの秘匿性が守られる」(同)という。

 秘密計算のような秘匿化技術をセキュアデータプラットフォームに実装するため産総研では、「プロトコルの改良や、実行可能な処理機能の拡充、専門家でなくても秘密計算ができるようなユーザーインタフェースなどの開発に取り組んでいる」と田中氏は話す。

 また暗号化技術の信頼性の確保では、「研究開発成果を論文で発表したり、社会還元の一環として企業との協業を進めたりすることで、学術的に保証しプレゼンスを高め信頼を積み重ねている」と田中氏は強調する。例えば論文数では、「2019年4月から2022年3月までの3年間に88件の論文業績を残している」(同)という。

2030〜2040年の“あるべき姿”に向け社会実装のシナリオを描く

 セキュアデータプラットフォームの長期展望について田中氏は、「データ連携基盤と車両データ分析システムが一体化され、秘密計算によりデータを直接分析できることがゴールだ」とする。短期的な目標としては、「データ連携基盤内で秘密分散したまま匿名化などで機密レベルを低減し、秘密計算を実行する」(同)ことを掲げる。

 研究成果の社会実装に向けては、まず、これまでに日本で議論された将来構想をベースに、「2030〜2040年に想定される社会の姿と、委託事業の方向性からスマートモビリティ社会のあるべき姿を検討」(田中氏)する。その上で、将来ビジョンと現在のギャップから、「委託事業が創造すべき価値を示し、同事業達成後の将来ビジョンの実現に向けた社会実装のシナリオを描く」(同)

 委託事業の将来ビジョンとして田中氏は、「充電インフラに係る効率的投資の実現」「あらゆる事業者のGHG排出量の透明化」などの検討テーマを挙げる。「モビリティに対して、どういう世界を実現するか、どういう課題を解決するかを検討している」(同)という。

 さらに田中氏は、「本研究開発の成果はスマートモビリティに限らず、さまざまな応用分野に展開できる」とした。具体例として、「ウェルビーイング(幸福感)や医療、介護など、人にかかる情報を安全に管理し、それぞれに最適化されたサービスが提供可能な領域や、秘密性の高い情報を扱う領域への適用も検討している」(同)と明かす。「社会課題解決のためのエコシステム開発を産総研全体で推進していきたい」と力を込める。