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産業用AIが起こす産業革命が企業のあり方を変えていく【前編】

スウェーデンIFSの「IFS Unleashed 2024」より

野々下 裕子(NOISIA:テックジャーナリスト)
2024年12月5日

ERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)など業務ソフトウェアへのAI(人工知能)技術の搭載が加速している。ERPのクラウドサービスなどを手掛けるスウェーデンのIFSも、AI技術の活用に力を入れる1社である。同社の旗艦イベント「IFS Unleashed 2024」(米オーランド、2024年は10月14日〜18日)において、産業用AIとして提供する「IFS.ai」の利用状況や開発動向などをアピールした。前編では、IFS.aiの現状を紹介する。

 「コンピューティングパワーが、かつてない影響力を持ちつつある。“電光石火”の速さで起こる大規模なイノベーションが、企業のあり方を変えるのを目の当たりにするだろう」--。2024年1月にCEO(最高経営責任者)に就任したスウェーデンIFSのマーク・モファット(Mark Moffat)氏は、同社の旗艦イベント「IFS Unleashed」の基調講演で、こう指摘した(写真1)。そのうえで「次の産業革命は産業用AI(人工知能)技術によってもたらされる。その産業用AIとは『IFS.ai』だ」と、自社のAIサービス群を強調する。

写真1:スウェーデンIFSのCEO(最高経営責任者)であるマーク・モファット(Mark Moffat)氏

300を超えるAIの活用シナリオを開発

 IFSは、1983年にスウェーデンで5人の大学生が創業した企業向けクラウドサービスなどを手掛けるソフトウェアベンダー。90カ国に社員7000人以上を抱え、ERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)のほか、EAM(Enterprise Asset Management:企業資産管理)、ESM(Enterprise Service Management:企業サービス管理)、FSM(Field Service Management:フィールドサービス管理)などの製品/サービスを開発・販売する。

 対象業界は、製造業、サービス産業、建設・エンジニアリング、エネルギー・公益・資源、航空宇宙・防衛、テレコムの6分野に絞り込んでいる。各業界で専門性の高いサービスを提供する企業らとパートナー関係を結び事業展開を図る。そこでは競合にみえる相手とも協業している。

 IFSの年間経常収益は2桁成長が続いている。2024年第3四半期の業績は前年同期比30%増と過去最高の成長率を記録した。ソフトウェア収益は前年同期比20%増だった。高収益の背景にあるのが、同社が開発に力を入れる産業用AI(インダストリアルAI)「IFS.ai」の需要増加がある。

 IFSの製品は基本的に、企業が持つ資源や人材、ワークフローなどの全社的データを1つのプラットフォーム上で管理し、リアルタイムに活用できる仕様になっている。主力製品の「IFS Cloud」は、ニーズに合わせて複数の機能を組み合わせて業務効率を高める仕組みだが、そこにIFS.aiを追加することで、各種の予測やシミュレーションなどが可能になる。

 IFS.aiの利用は既に進んでおり、米国の主要エネルギー企業10社のうち8社が使用している。例えば製油所では、煙突から上がる煙の映像をAIアルゴリズムで解析することで、生産プロセスで派生するメタンの削減に利用している。そこでは、現場の運用データをリアルタイムに収集・分析し、問題解決や事故を未然に防ぐ「オペレーショナルインテリジェンスプラットフォーム」が構築・利用されている。

 他にも、エレベーターやエスカレーター、携帯電話ネットワーク、空港や航空機など、多くの利用者が日常的に利用するインフラやサービスの維持・メンテナンスに利用されているという。

 こうした具体的なAI活用シナリオを提供するためIFSは、300を超えるユースケースの開発に取り組んでいる。そのうち60のシナリオは、今回アップデートが発表されたIFS Cloudの最新バージョン「IFS Cloud 24R2」で間もなく利用できるとしている。

必要な産業別ソリューションをM&Aで手に入れる

 IFS.aiを産業別に展開するために、研究開発投資を増やしている。AI/ソフトウェア分野の人材は、この5年間で倍増し、社員の30%を占めるまでになったとする。モファット氏は「産業用ソフトウェアで誰もが認めるナンバー1ブランドになる」と力を込める。

 そのために、パートナー企業や業界をリードする人々への投資に加え、この数年はM&A(企業の統合・買収)も進めている。例えば2023年7月には、製造業の従業員向け情報活用基盤を提供するカナダのPOKAを買収。2024年には7月に航空メンテナンスソフトウェアの米EmpowerMXを買収し、その顧客であるアメリカン航空やデルタ航空を顧客に加えた。

 翌8月には、企業の設備投資計画ソフトウェアのカナダCopperleaf Technologiesを10億カナダドルで買収している。Copperleaf の副会長であるジュディ・ヘス(Judi Hess)氏は、「世界は複雑化し、変化が加速している。その中で重要な顧客データを保護・管理しながら、賢明な設備投資を意思決定するにはIFS.aiが役立つだろう。そこには持続可能性の観点を取り入れなければならないという大きな潜在的な影響があり、そのための機能を提供していきたい」と述べる(写真2)。

写真2:Copperleaf Technologies副会長の Judi Hess氏(右)

未来の働き方をアジャイル開発で実現可能にする

 モファット氏は、産業分野でのAI活用に向けた強力なパートナーとして米Microsoftを挙げる。ビデオ対談で登壇したMicrosoft CEOのサティア・ナデラ(Satya Nadella)氏は「コンピューティングを取り巻く全てが変化している。複雑な時代において産業界は相互に価値を高める必要があり、IFS.aiは産業プロセスだけでなく、並行して派生するナレッジワークを次のレベルに高めるといった複合的なメリットを生み出せるだろう」とした。

 IFSとMicrosoftに共通するのは、「AI技術でビジネスを変え、生産性を高めながら無駄を削減し、脱炭素にもつながるイノベーションを見つけようとしている点だ。それは産業革命と同義だ」(ナデラ氏)とする。Microsoftの研究領域では、「今後10年で量子コンピューターによるシミュレーションが始まり、新しい素材を作り出したり、エネルギーシステムを変えたり、未知の働き方を発見できる可能性も出てきた」(同)という。

 そうした未来をIFSは、創業時から続ける『顧客に直接話を聞く』姿勢をもって、独自の協同的なアジャイル開発によって実現しようとしている。ナンバー1ブランドになることをビジョンに掲げるIFSが今後、産業用AIのIFS.aiによって顧客をどれだけ解き放つ(Unleashed)ことができるのか注目していきたい。

 後編では、IFSの顧客事例からIFS.aiにより業務がどう変化していくのかを紹介する。