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AI活用に向け取締役会が気にするのは売り上げ・コスト・リスクの3つ、説明責任あるCIOへのガートナーの助言
「AI(人工知能)技術の導入に対し取締役会が気にするのは、売り上げ、コスト、リスクの3つだ」−−。ガートナージャパンのディスティングイッシュト バイスプレジデントである松本 良之 氏は、同社主催の「データ&アナリティクス サミット」(2024年5月20日)において、こう指摘したうえで、生成AIなどAI技術の本格活用に向けて説明責任があるCIO(最高情報責任者)やCDOA(最高データ/アナリティクス責任者)らに向けて、その方法を助言した。
AI(人工知能)技術に対する経営者や取締役、株主の関心は急速に高まっている。ガートナージャパンのディスティングイッシュト バイスプレジデントである松本 良之 氏によれば、2022年前半は「AIとは何か」「生成AIとは何か」というレベルだったものが2023年前半には「自社ビジネスに、どのようなリスクがあるのか」などに変化し「AIから会社を守る」というリスクの観点が強まった。
それが現在は「成果を金額で示してほしい」など売り上げや利益などに対し「どの程度、貢献するのか」「どんな価値をもたらすのか」など、具体的な数値を求め始めている。CIO(最高情報責任者)やCDOA(最高データ/アナリティクス責任者)に向けては「AI技術の導入価値を可視化するなど正しい説明を期待している」(松本氏)という。
AI技術の導入効果を正しく伝えるために松本氏は、5つの観点から説明することを助言する(表1)。簡潔性、公明性、正確性、関連性、外交性である。
観点 | 内容 |
---|---|
簡潔性 | 取締役会や株主が本当に知りたいことを特定する |
公明性 | 自社のAI戦略が、どの程度意欲的であるか、それはなぜかを明確にする |
正確性 | 取締役会のAI技術に対する期待事項を設定する |
関連性 | AI技術を常に株主価値という視点を通して提示する |
外交性 | 取締役会や株主のAI技術への期待事項を設定し、その期待事項を対外的にリセットできるよう備える |
それぞれについて松本氏は、以下のように説明する。
簡潔性
説明の成否は「最初の60秒で決まる」とし、取締役会が興味を引きそうな内容にするために「まず何を知りたいのかを把握する必要がある」。例えば、ある技術がいかに優れているかを数十ページのプレゼン資料を作成し説明しても「経営者は『聞く必要はない』と途中で遮るだろう」からだ。
「何を知りたいか」という質問がない場合は、具体例を提示する。家具会社を例にすれば、カタログに載せる椅子のデザインを生成AIに作成させる。過去のデータを読み込ませて生成した椅子のデザインを写真や絵として見せながら「今夏にはPoC(Proof of Concept:実証実験)を実施する予定だ」と説明すればよい。
具体例を挙げれば経営者らは「どれだけ価値を生み出すのか」と質問してくるだろう。「その椅子は量産できるのか」「品質面から安全性に問題はないのか」「当社のブランドイメージに合うのか」などだ。こうした質問を想定し、回答を事前準備しておくことも肝要だ。
公明性
オープンに、かつ正直に話す。技術の成熟度と採用度を示すガートナーの「ハイプ・サイクル」を使うなどで、AI技術の活用が実際のビジネス課題の解決や新たな機会の創出に、いつ、どのように関連するかを示す。例えば「生成AIが株主価値を生み出すのは『啓発期』に入る1年後」などと説明する。
興味をもってもらえるよう、PoCの予告などを含めてスライド3枚程度にまとめる。もちろん、自社のAI戦略が競争力の強化に、どうつながっているか可視化し、競合他社より取り組みが早いのか遅いのか、同レベルなのかを示す。
活用予定のAIの技術やサービスが、複数企業が既に使っているのか、先駆的なのか、さらには、そのAI技術/サービスを活用するリスク・活用しないリスクを客観的に述べる。「活用事例はあるのか」と聞かれることを想定し、回答を用意しておく。
正確性
まずは経営者や取締役会のAI技術に対する期待事項を設定する。ガバナンスや想定するリスク、成果を測るためのKPI(Key Performance Indicator:重要価値評価基準)を決め、数値と、その根拠を示す。成功か失敗かを分かるようにするためでもある。
自社にあった最適なAIの導入方法がどのようなものかについては、データの品質やガバナンスなどから示す。そこにAI活用の障壁があるからだ。サイロ化したデータや例外処理による複雑化があれば、データ統合基盤に投資し、業務プロセスを標準化・自動化する。規制やセキュリティに課題があれば、AIガバナンス委員会を設置し、委員会を通過したAI技術のみを適用する。
正確性には、コミュニケーションやコラボレーションなどを高めるデジタルワークプレイスの成熟度やAI人材の確保も関係する。求めるAI人材像を明確にし、社内で育成するのか外部から調達するのかを、短期・中期・長期の視点から策を練る。
関連性
説明する内容は、株主・顧客・従業員・ブランドに、どのようなインパクトを与えるのかだけでなく、経営者や取締役会が気にする「売り上げ、コスト、リスク」の3つについて、財務諸表のどこに成果が出るのかを示す。想定される質問には「AI技術が競争上の差別化要因になるのはいつか」「AIはいつ、どの程度利益率に貢献するのか」などがある。
リスクに関する質問では「法規制の遵守とセキュリティ」「インフラストラクチャーの信頼性」「ブランドと評判」などの観点から「どのリスクを最も注視すべきか」「その重要性はどの程度か」「自社はAI技術活用に十分なリスクを取っているのか」「それとも遅れているのか」などを尋ねられるだろう。
外交性
経営者や取締役、株主のAI技術活用への期待事項を設定したら、それらの期待事項を対外的にリセットできるようにもする。そのために社内外の、さまざまな関係者との対話の場を作り、AI技術活用の適正範囲をよく議論する。
例えば自動車レースにおいて、レース中に事故が発生すれば赤旗が振られ、前を走る車を追い抜けなくなる。規制当局による活用制限といった事態に備えるためには、テクノロジー関連の小委員会を設置しAI技術をどのように監督・監視するか決める。そのための能力も必要になる。
松本氏が指摘するように、経営者らはAI技術にビジネスの拡大・成長の可能性を見出そうとしている。取り組みが株価に影響し始めてもおり、海外投資家も注視する。CIOらはAI技術に対する経営者らからの質問に答え、活用を推進する体制を整えておく必要があるだろう。
田中 克己(たなか・かつみ)
IT産業ジャーナリスト 兼 一般社団法人ITビジネス研究会代表理事。日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任。2010年1月にフリーのIT産業ジャーナリストに。2004〜2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。2012年10月からITビジネス研究会代表理事も務める。40年にわたりIT産業の動向をウォッチしている。主な著書に『IT産業崩壊の危機』『IT産業再生の針路』(日経BP社)、『2020年 ITがひろげる未来の可能性』(日経BPコンサルティング、監修)などがある。