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データ活用阻む組織の壁は現場の成功事例と意欲ある若手と上司のバックアップで崩す
「Manufacturing CIO Japan Summit 2025」パネルディスカッションより
現場が納得するデータ活用の成功事例を積み重ねている
虻川 :今後、AI技術の利用が進むと思いますが、そこでは、データを使える状態に整理・蓄積したストックが大事になります。データの扱いで組織の壁や温度差はありますか。
齊藤 :当初、データを収集しようとした時は、そもそも「見られたくない」という抵抗感がありました。そのため一部の生産ラインや部門をモデルラインにし、価値を見出しながら少しずつ転換していきました。いくつかの部門では障壁はあったものの、価値が生まれるとむしろ「もっと使っていこう」という流れに変わりました。
金子 :当社もデータは各部門が管理しサイロ化されており「踏み込んでくれるな」といった雰囲気がありました。会社の情報セキュリティ規定では人事情報のような機密情報を除けば、ほとんどのデータは社内で閲覧できるはずです。それでも「他部署に見せたくない」という考えが根強いため、部門単位ではなく会社全体で変えていかなければいけないと動き始めました。
具体的には「隣の部門の資料を活用したい」といったニーズを示しながら壁を上手く壊し、サイロ化している社内のデータが1つにつながって見えるように少しずつ動いています。とはいえ、全てがつながるのは、まだ難しいと思っています。
太古 :自動車メーカーは裾野が広く、1つの部署が1つの会社というぐらい文化や価値観が違います。隣の人が何をしているのかも分からず、どんなデータが存在するのかから分かりません。しかし、データがあることは確かなので現場が「こうしたい」というデータ活用の小さな事例を沢山作り、成功事例をつないでいくという活動を続けました。
逆転の発想ではないですが、一般には基盤作りには時間がかかるものの、実績がたくさんあれば基盤の必要性が認知され、本格的なデータ基盤を構築する専門部署を置くまでになりました。基盤が完成すれば今後は、活用方法や取り組みを変えていく段階に移るでしょう。そして次は、そこに取り組むために人材という段階に力を入れていきます。
取り組み意欲があるキーパーソンを発掘し全社に紹介し広める
矢吹 :失敗から学ぶではありませんが、私が入社した当時は、現場が使う道具(ツール)は設計技師が作り提供していました。そこは、使う目的からきちんと考え直そうとしています。
実は現場には自分で道具の使い方を勉強する人が結構います。以前なら、そういう人をDX担当部署に配属するところですが、今は、そのまま現場に残したほうが、新しい道具が出てきた時のアーリーアダブター(早期導入者)として現場目線で検討でき、効率的だと考えています。彼らを孤立させないよう「アンバサダー制度」的なものを作り現場のキーマンとして集結させるなど、トップダウンだけではない取り組みが今後は必要になると思っています。
齊藤 :私もアンバサダー制度は実施したいですが、いきなりは難しいため、まずは声を集めようとしています。例えば、いろんな部署に事例を作れるキーマン的な存在はすでにいて、それを上司が面白いと思って自分たちで部署を作りだしたり、DX部門が知らないところでAIやデジタル、DXと言っていたりする文化が醸成されるというのが理想です。
金子 :当社は間接部門が3500人ほどの規模ですが、2022年に私が経営企画部にいた時に「全員のリテラシーを高め最低限同じ景色が見られるようにしよう」と全社員に研修を受けてもらいました。加えて、データサイエンス的な教育も実施したことから「自分で学びながら活動できるようになりました」という将来のイノベーター(革新者)になる人材を掘り起こせたことがあります。
今後は活動のモチベーションにつなげるために、アイデアコンテストのように現場での良い取り組みを発表してもらい共有する仕組みを考えています。
虻川 :当社も全社向け教育を実施しました。その必要性を問われた時に「やる気がある人を止めないための研修です」と説明し納得してもらえたことがあります。社内で良い活動を共有しようとコミュニケーションツールを配布していますが、意外と見てほしい人が見てくれないため、解決策を探しているところです。
太古 :社内活動の共有では、コミュニケーションの専門家である広報担当者などと連携し、社内への発信方法を全部洗い出し、それぞれが誰に届くのかといったターゲティングマップを作りました。1つの方法だけでは絶対届かないため、紙もデジタルも、デジタルサイネージなど全てを使って発信しています。例えば社内報も、1人ひとりにスポットライトを当てて紹介すると、その部署の人たちは見てくれます。そうして熱量を持つ人たちを見つけて輝かせようとしています。
組織の壁が下がる一方で年齢や役職など上下の壁が課題に
齊藤 :組織の壁は少しずつなくなりつつありますが、その一方で、年齢層やスキル、役職など上下の壁が強くなっていると感じます。若手や中堅層はデジタルやデータを身近に使いこなしていますが、経営層や役員、部長クラスはまだ他人ごと感が強く、そこが課題です。実際、データの利用率にも差があります。「ITパスポート」を全社員で取得しようとしていますが、学習意欲や取得率にも上下の差をすごく感じます。
金子 :そこは本当に難しいですね。全社的に危機感を持って動いているのですが、ほぼ同じような課題があります。上手くいっている部署では、デジタルに強い若手が草の根的に動き、その活動に理解がある上司が上層部に説明し、さらに役員を説得して後押しするという流れができています。DXを上手く進めるという点では、部長や役員に部下や若手が教えるなど通常のジョブを反転させることも大事ではないかと思っています。
虻川 :DXの取り組みでは、組織の壁や上下の枠を超えて、全体を引っ張っていけるだけの熱量が大事だと感じました。皆さん、ありがとうございました。