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製鉄所の生産計画立案を変革、日本製鉄×NSSOLが挑む熟練者業務のDX

数理最適化技術で製鋼工程の生産計画を数分で立案可能に

2024年9月24日

日本製鉄は、同社生産の要となる製鋼工程の生産計画を立案する「出鋼スケジューリングシステム」を日鉄ソリューションズ(NSSOL)と共同で開発し本格運用を始めている。熟練技術者が約8時間をかけていた計画を、計算機がわずか数分で立案する。確認・調整などの作業を含めてもトータルで70%短縮し、計画のレベルも同等以上だ。数理最適化技術を活用し、熟練技術者の暗黙知をアルゴリズムに落とし込んだ。製鋼工程を対象にしたシステム整備の狙いや開発時の苦労、今後への期待などをプロジェクト担当者が語った。(本文敬称略)

──日本製鉄の東日本製鉄所 君津地区では、製鋼工程の生産計画を立案する「出鋼スケジューリングシステム」を稼働させています。製鉄における「製鋼」とは、どのような工程でしょうか。

河井田 博昭(以下、河井田) :日本製鉄 東日本製鉄所 工程業務部 工程企画室長の河井田 博昭です(写真1)。製鋼は製鉄において“要”となる工程です。製鋼工程の生産計画が、その前後の工程における計画にも影響を与えます。

写真1:日本製鉄 東日本製鉄所 工程業務部 工程企画室長の河井田 博昭 氏

 鉄の原材料は鉄鉱石と石炭を蒸し焼きにしたコークスです。これらを高炉の中で熱して溶かし「銑鉄(せんてつ)」を作ります。この銑鉄から不純物を分離したり、逆に必要な添加物を投入したりして成分を調整し、中間製品の「スラブ」を作る工程が製鋼です。このスラブを薄く延ばしたり表面処理を施したりしたものが当社の最終製品である薄板になります。

 鉄は、炭素や他の金属などの含有物の量によって、硬さや、しなやかさなどの特性が変わります。例えば自動車用の鉄材にしても、車体の骨格には強度の高いものが、ボディー用には加工しやすく軽いものが求められます。それらの特性を決めているのが製鋼工程です。

 現在当社では、さまざまな顧客ニーズに合わせ、特性が異なる2万種類以上の鉄鋼製品を受注生産しています。注文数は1週間で万単位です。つまり製鋼は、受注状況に合わせて製品の特性や品質を決定する重要な工程なのです。

10の300乗もある選択肢の中から最適な計画を立てる

 しかし、スラブの生産計画を立てるには、さまざまな制約条件が存在するため一筋縄ではいきません。まず製鋼は、含有物質が同じになる「鍋」が1つの単位になり、君津地区の鍋は約300トンの大きさです。一方で当社の受注単位は10トン前後のため、複数顧客からの受注状況を見て、特性が同じものを選び出し、300トンになるように組み合わせる必要があります。

 加えて、作る順序も重要です。鍋の組み合せや順序によっては、歩留が大きく低下します。注文の組み合せ、鍋の組み合せや順序の掛け合わせで、その数は膨大になり、単純計算では10の300乗にもなります。2万種類の製品を、これらの制約条件の下で生産する計画をどう最適化するかは、歩留ロスのような無駄をどれほど最小にするかという課題でもあります。

枚田 優人(以下、枚田) :日本製鉄 情報システム部 情報システム企画二室 AIソリューション課長の枚田 優人です(写真2)。君津地区が受注生産している薄板の量は週に約10万トンです。それを上述したような生産上の制約や納期、さらには今後の受注見通しなども加味しつつ生産計画を立てるのです。

写真2:日本製鉄 情報システム部 情報システム企画二室 AIソリューション課長 デジタル改革推進部 主幹兼務の枚田 優人 氏

 万一、計画が不適切だと品質を守れなかったり、最悪は納期に間に合わないといった事態が発生します。組み合わせによっては余剰生産を余儀なくされ、在庫も積み上がります。在庫は廃棄こそしないものの、次工程で圧延加工するためには、一度冷めてしまったスラブを1000度以上まで再加熱せねばならずエネルギーロスも生じます。高温のまま、できるだけ連続して生産する理由は、ここにもあります。

 こうした途方もない組み合わせがある選択肢から最適な生産計画を決める作業は、いわゆる組み合わせ最適化問題の一種です。これまでは、製鋼工程だけでなく、その前後の工程にも精通したベテラン技術者が、長年の経験で獲得した暗黙知を基に長時間をかけて立案するしかありませんでした。人手による方法では受注動向や生産変動などへの迅速な対応が難しく、競争がグローバルで激化する中では、業務高度化の阻害要因にもなってきたのです。

生産の起点であり業務への影響も大きい課題をあえて選択

──それほど複雑な工程のシステム開発に踏み切った理由はなんでしょう。

河井田 :生産計画の自動化自体は決して目新しいテーマではなく、20年以上前から研究に取り組んできました。今回、製鋼工程の自動化に取り組んだのは、ここが鉄鋼生産の要であり、前後の工程への影響も大きいだけに、業務改善策として最も大きなインパクトが見込めるためです。将来的な熟練工不足や人材育成の難しさといった課題に対応するという狙いもありました。

 追い風になったのが、2020年に発表した中期経営計画においてDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を経営目標に掲げたことです。同目標に沿って「デジタル改革推進部」が新設され、一方で深層学習や組み合わせ最適化など先進IT技術に対応する「インテリジェントアルゴリズム研究センター」が2018年に立ち上がりました。技術面に加え、経営判断として組織面でも推進体制が整ってきたのです。