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アスクル、EC事業における“個口別れ”の解消に「進化計算」を適用

電通大、タイムインターメディアとの協働で処理速度を数百時間から数時間へ

奥平 等(ITジャーナリスト/コンセプト・プランナー)
2022年6月22日

通販事業大手のアスクルが、物流センターにおける在庫配置を最適化するための実証実験に取り組んだ。EC(電子商取引)需要の拡大・多様化に伴い顕在化されてきた“個口別れ”を解消するのが目的だ。解決策として選んだのは組み合わせの最適化に強いとされる「進化計算」というAI(人工知能)技術。電気通信大学とタイムインターメディアと協働で膨大な組み合わせに対する処理速度の向上を図る。

 通信販売事業を手掛けるアスクルのコアコンピタンスは、社名でもある「明日来る(届く)」を実現するためのロジスティックス(物流)機能である。全国に9カ所の物流センターを構え、ロングテール商品を含めた1100万アイテム超の商品を扱っている。

 そうした中、EC(電子商取引)事業の拡充に伴い顕在化してきたのが「個口別れ」という課題だ。複数商品を含む1つの注文に対し、在庫が複数の物流センターに分散しているケースでは、各センターから顧客に複数の荷物を発送しなければならなくなる。1つの注文による複数商品を1箱で送れればよいが、個口別れになってしまうと、顧客の受け取りの手間が増えるし、アスクルにとっては配送費の増大につながる。

個口別れ問題は組み合わせの最適化問題

 個口別れの解消に向けてアスクルは、オペレーションの改善に取り組んできた。売れ筋商品を全物流拠点に在庫したり、ロングテール商品は特定の拠点に在庫したりする。だが、定番商品とそれ以外の商品の区別や、各拠点の適正な在庫量などの最終判断は、現場の“経験と勘”に委ねられていた。

 そこにデジタル技術を適用しようと動いたのが、全社イノベーション戦略を担う「先端テクノロジーチーム」だ。デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、DX人材の育成に注力してきたアスクルでは、事業部門に属するITエンジニアやデータサイエンティストがビジネス変革を主導する文化が醸成されつつあった。

 先端テクノロジーチームが個口別れを解消するために目を付けたのが「進化計算」というAI(人工知能)技術である。生物の進化の過程を模倣し試行錯誤しながら最適解を見つける(図1)。

図1:個口別れ解消に向けた在庫配置最適化プログラムの概念(アスクルの資料を元に作成)

 実証実験のプロジェクトリーダーを務めた主席研究員の三井 康行 氏は、進化計算を選んだ理由を「『これは組み合わせによる最適化になる』と気付いたため。物流拠点のそれぞれに在庫するか否かを“0”と“1”で表せば、その組み合わせの中から最も配送コストを抑え、かつ無駄な在庫を最小にするという問題に帰着できると考えた」と説明する(写真1)。

写真1:アスクル テクノロジー本部 構造改革 先端テクノロジー 主席研究員 兼 ASKUL DX ACADEMY プロフェッサーの三井 康行 氏

 なおアスクルは2021年12月、ビッグデータ処理のためのクラウド基盤「ASKUL EARTH」を稼働させた。従来、オンプレミス環境にあったビッグデータ処理環境をGoogleのデータ分析プラットフォーム「Google BigQuery」に全面移行した。個口別れ問題の解消に向けても、ASKUL EARTHの稼働は追い風になるはずだ。

 だが個口別れ問題の解消では当初、大きな壁に突き当たった。実際にプロトタイプのプログラムを組み、解を求めるアルゴリズムを実装してみたところ「組み合わせが、とてつもない数になるうえ配送ロジックが複雑で、膨大な処理時間がかかる」(三井氏)ことが分かった。

 そこで、電気通信大学で進化計算アルゴリズムを研究している佐藤 寛之 准教授に相談。解を得るためのアルゴリズムを洗練することを目的に2019年、共同研究をスタートさせた。