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キリンビール、“生への畏敬”を大切にデジタル化で新製品・新事業を支える

キリンビール 常務執行役員 横山 昌人 氏

奥平 等(ITジャーナリスト/コンセプト・プランナー)
2022年6月22日

キリンビールはグループ全体でCSV(Creating Shared Value:共有価値の共有)経営を推し進めてきた。酒類メーカーとしての社会的責任を追求しながら、社会的・経済的価値を創造する。キリンビールの常務執行役員 生産本部 兼 生産本部長である横山 昌人氏が都内で2022年2月9~10日に開催された「Manufacturing Japan Summit 2022」(主催:マーカスエバンズジャパン)に登壇し、CSV経営の推進力の源泉となる製造現場におけるデジタル変革について語った。

 「マニュファクチャリングは、(原材料を加工する)プロセス製造と、(部品を組みたてる)ディスクリート製造に大別される。その中でビールの製造は究極のプロセス製造だ」――。キリンビール常務執行役員(生産部長 兼 生産本部長)の横山 昌人 氏は、ビールの製造現場をこう断言する。

写真:キリンビール 常務執行役員 生産部長 兼 生産本部長の横山 昌人氏

“生への畏敬”を込めたビール生産ならではの醍醐味と難しさ

 そのうえで、ビール製造の独自性と専門性として3つのポイントを指摘する。1つは、5000年前まで遡るビールの歴史だ。ロンドン大英博物館が所蔵する「モニュマン・ブリュー」という紀元前3000年頃の石版には、農耕の神ニンハラに捧げるためのビールづくりの様子が刻まれている。「1907年創業の100年企業であるキリンビールも、長いビールの歴史の中では50分の1に過ぎない」(横山氏)

 2つ目は、ビール製造は「生化学、化学工学、機械工学をはじめとする多種多様な学問領域がクロスした総合科学である」(横山氏)こと。そして3つ目は、「キリンビールの工場におけるポリシーでもあり、プライドにもつながっている“生への畏敬”を大切にすることで成り立つという点」(同)である。

 ビールの製造工程の特徴を横山氏は、こう説明する。

 「大量の液体を約1カ月かけて生産し、超高速で小さい容器に冷却して詰める。この間に100度の煮沸もあれば冷却もありエネルギー消費も大きい。クローズドな設備・工程で進行するが、機器やパラメーターの設定・調整、分析、味や香りの官能評価など、まだまだ人間が関与する要素が多く自動化は容易ではない。この不確実性こそが醍醐味でもあり、難しさでもある。まさに“生への畏敬”を込めた世界が繰り広げられている」

図1:キリンビールにおける製造プロセス

 その製造工程を、さらに難しくしているのが市場の急速な変化だ。日本のビール市場は1994年の700万キロリットルをピークに21年連続で減少が続き、約200万キロリットルも縮小した。2005年以降は、その傾向がさらに加速している。逆に缶入りチューハイなどRTD(Ready to Drink)商品やワイン、ウィスキーなどが伸びている。横山氏は「ビールは多様化に乗り遅れた」と指摘する。

 その背景を「好景気だった時代は、大勢のグループが同じものを飲んで盛り上がるが当たり前で、ビールは、その主役だった。それが現在は、自分が好きなものを少しずつ、ゆっくり楽しむ傾向が強まっている。お酒全体が個々に寄り添う脇役へと転身していった。この変化を私は“チビダラ消費”と呼んでいる」と横山氏は説明する。