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オリックス銀行、デジタル戦略の一環で事業部門が主導しスマホアプリを内製化
アジャイル開発手法を選択し顧客の声への迅速な対応を目指す
オリックス銀行アプリの開発に当たっては大きく3つの目的を設定した。
目的1 :チャネルを増やし顧客とのコミュニケーションを促進する。顧客にとっての選択肢を増やすことで、スマホアプリを用いた新しいコミュニケーションの展開を目指す
目的2 :優れたUI(User Interface)/UX(User eXperience:顧客体験)でCXを高める。使いやすいデザインや画面構成のほか、認証の仕組みや提供する機能を工夫し満足度を高める
目的3 :アプリ開発を内製化する文化を作り出す。パートナー企業に開発のすべてを委託せず、自分たちが主導して開発する体制を整えることでDX人材の育成につなげる
加えて、開発手法には、アジャイル開発を選択した。それまでもシステム部門内ではアジャイル開発を試行していたものの、業務部門を含めてアジャイルチームを結成するのは、今回が初めてになる。
デジタル戦略推進部 業務ソリューションチーム マネージャーの梶本 麻実 氏は、アジャイル開発を選択した理由を「スマホアプリは、その不具合報告や改善要望がアプリストアにコメントとして寄せられ、顧客の声を拾いやすい。不具合や要望を素早く拾い、適宜バージョンアップするにはアジャイル開発が適している。同時にローコード開発にも取り組むことで、社内にエンジニアを醸成していく狙いもあった」と説明する。
2022年4月にスマホアプリ開発の社内承認を得て、同年6月にプロジェクトチームを発足させた。現場を代表する京野氏がプロダクトオーナー補佐を、梶本氏がシステム部門を代表してスクラムマスターを、それぞれが務め、アジャイル開発を支援するパートナー企業の人員含め、約15人という陣容だ。以後は、2週間に1度のスプリントを続け、2023年12月の正式リリースにまで漕ぎ着けた。
当初は試行錯誤の連続だったという。京野氏は、「過去、ウォーターフォール型での開発に少し携わった際には、『ヒアリングにより要件を決めた後はシステム部門にお任せ』という形で、ITやシステムについて深く知る必要はなかった。そのため、最初に研修を受けたものの分からないことが多く、調べたり教えてもらったりしながら適応していく必要があった」と振り返る。ソフトウェアの製品名や「WebView」「API(アプリケーションプログラミングインタフェース)」といった「IT用語が当初は全く理解できなかった」(同)という。
利用者目線からのシンプルなUI/UXの実現に苦心
それ以上に苦労したのは目的2に挙げた「UI/UXの作成であり、そのための社内への周知や説得だった」と京野氏は明かす。提供したい情報が多い一方で、利用者目線でみれば、できるだけシンプルであるべきだ。UI/UXをいかにシンプルにしていくか、その要件を決めることに最も苦労した」(同)という。
さらに要件を決めても、「その内容をリスク管理部門や金融商品の主管部門などに伝え納得してもらえるよう、どのような仕組みで実現していくかなどを説明した」(同)とする。
そうした課題は、徹底したコミュニケーションで解決していった。画面や機能のシンプル化では、「システム部門や開発パートナーなどに出向いて協議し、結論が出にくい場合は折衷案を用意して合意を得た。最終的には『ユーザーにとってはシンプルな画面のほうが良い』を落とし所にした」と京野氏は振り返る。
完成したアプリについて京野氏は、「リリース時点での評価は60点」と謙遜する。「残り40点は、顧客の要望を聞きながらアップデートしていく。リリースにより、ようやくスタートラインに立てたと考えている」とする。梶本氏も「チームを維持しながら、常にアップデートし続けられる体制を整備していく」と今後のアップデートの重要さを強調する。
人材を「IT」「DX」「デジタル」の3段階で育成
目的3の人材育成も、スマホアプリのリリースをテコに、今後の取り組みを加速させる。長木氏は「デジタルへの取り組みは、ビジネスモデルの変革によって競争優位を実現することがゴールだ。今回、事業部門がプロジェクトを牽引できた。そこで得た成果を社内に伝え、人材育成につなげることが重要だ」と話す。
デジタル戦略の実行に当たりオリックス銀行は、求める人材像を「IT人材」ら「DX人材」「デジタル人材」の3段階に分けて定義し、全社員を対象にした人材育成策を2023年6月から正式にスタートさせている。
IT人材は「ITに関する知見があり、ITの活用、情報システムの導入推進および運用ができる人材」で、2026年3月末までに全社員の約30%に相当する250人の育成を目標にする。DX人材は「ビジネスに精通しており、デジタル企画、既存ビジネス変革、新ビジネス創出をもたらす人材」で、同時期に全社員の15%に相当する125人を目標にする。
最上位のデジタル人材は、「最先端のテクノロジーを活用して、自社やお客さまに価値提供できる人材」と定義し、2028年3月末までに全社員の5%に相当する40人の育成を目指す。
各段階の認定は、情報処理推進機構(IPA)が提唱するデジタルスキル標準に準拠したアセスメント「ITリテラシーテスト」の結果で判断する。ITリテラシーテスト以外にも、IPAが実施する認定試験などによる資格取得を加味し認定してもいる。その狙いを「社内だけでなく、客観的な市場価値を計るため」と長木氏は説明する。
ただ公の基準による評価では、育成した人材が辞めてしまうリスクもある。これについて長木氏は、「そのリスクは確かにある。だが、そうした人材が『オリックス銀行だから、やりたいことができる』と残ってくれるような会社でありたい。そのためには、明確な戦略とゴールが必要であり、今後も、より具体的なビジョンと施策を実行していくことが重要だ」とする。
デジタル戦略の明示やスマホアプリの開発などで、社員の間では「ITやデジタルに対するモチベーションは高まっている」(清原氏)という。例えばITパスポートの資格取得者は急増し、2024年1月末時点で130人を超えた。
スマホアプリのリリースが象徴するような、全社員参加型でのデジタル戦略を加速させるオリックス銀行。DX人材やデジタル人材が今後、どのようなビジネスモデルの変革を引き起こすのか注目したい。