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トヨタ、業務データを横断検索する生成AIアプリをSaaSとして社内展開
カスタマーファースト統括部 オペレーションDX改善室 佐井 友洋 氏と時津 弘太朗 氏
トヨタ自動車は社内の業務データ活用を加速させている。その一環として、生成AI(人工知能)とRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)の技術を使った横断検索用アプリケーションを内製し、SaaS(Software as a Service)として社内展開する。同社 カスタマーファースト統括部 オペレーションDX改善室の佐井 友洋 氏と時津 弘太朗 氏が「AWS Summit Japan 2025」(主催:アマゾン ウェブ サービス ジャパン、2025年6月)に登壇し、同アプリケーションによる業務効率化の実例を紹介した。
「社内に蓄積された業務データを活用し、必要な情報を横断的に検索・活用する仕組みとしてRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)技術の有効性に着目した」--。トヨタ自動車 カスタマーファースト統括部 オペレーションDX改善室 佐井 友洋 氏は、業務データ活用における技術選択について、こう説明する(写真1)。
顧客の声を引き出すにも業務データのサイロ化で横断検索が困難に
トヨタのカスタマーファースト統括部(CF統括部)は主にクルマの販売とアフターサービスの領域を担当する部門。社内では「市場に最も近い本部に位置付けられている」(佐井氏)。その役割は「顧客から寄せられる、さまざまな課題に対し迅速かつ確実に対応すること」(同)である。
具体的な業務としては、車検や点検、部品の修理・交換に必要な修理書の作成や「オーナーズマニュアル」と呼ぶ取扱説明書の整備などがある。いずれも「販売店のエンジニアが業務をスムーズに遂行するための重要な役割を果たしており、最終的には顧客満足度にも直結する業務だ」と佐井氏は説明する。
CF統括部では「顧客の声をクルマ作りの前工程へフィードバックする取り組みにも注力している」(佐井氏)。例えば、次世代のクルマづくりに向けた改善点の提案や、車両の不具合に対する迅速な対応、部品の交換フローの最適化などだ。「これらの活動を通じて品質向上活動にも貢献している」(同)という。
CF統括部におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するのが佐井氏も所属する「オペレーションDX改善室」である。部門横断の重点プロジェクトにリソースを投入し、AI(人工知能)技術やクラウドを活用した業務変革を主導する。冒頭で触れたRAG技術の採用も現場のDX推進活動の一環だ。
トヨタは長年の車両開発や販売活動を通じて、膨大な業務データを蓄積してきた。そのデータは案件情報や車両情報、部品・用品情報など多岐にわたる。だが「それぞれがシステムごとに管理されており、必要な情報を横断的に検索・活用するには多くの手間と時間を要していた」(佐井氏)。いわゆるサイロ化の状態だ。
例えば、ある調査を進めようとすると複数のシステムが持つデータを個別に検索しなければならず「キーワード検索や全文検索では、表現の揺らぎによって類似事例や派生ケースを拾い切れないという課題もあった」(佐井氏)という。
調査工数の削減に向けてRAG技術に着目
こうした調査にかかる工数を削減し「その時間をより本質的な付加価値業務に充てられないか」(佐井氏)との発想から注目したのがRAG技術である。生成AIモデルに外部のデータソースを連携させることで「ChatGPT」(米OpenAI製)のような汎用モデルでは難しい、個社の事情や専門性の高い質問に対する回答精度を高める。
そこでCF統括部では、RAG技術を使った横断検索用アプリケーションを内製開発。調査業務に試験導入した結果「年間の調査工数を34%削減できた」(佐井氏)。「本来、取り組むべき正味の作業時間を確保でき、業務全体の品質向上にもつながり『他の業務領域にも展開してほしい』といった声が現場から多数寄せられた」(同)という
ただ佐井氏は「RAGが業務改善に寄与する確信を得た一方で、新たな課題も見えてきた」と話す。生成AI技術が持つハルシネーション(幻覚)リスクである。
回答の正確性を担保するために「根拠となる情報に利用者がいつでもアクセスできる仕組みが欠かせず、かつ業務ドメインに特化した検索精度の向上も求められる」と佐井氏らは考えた。しかし、複数の部門やプロジェクトへの横展開を見据えると「RAGの仕組みを1つひとつ個別に構築・運用するのには限界があった」(同)
そこでCF統括部が立ち上げたのが、RAGベースのアプリを社内向けSaaS(Software as a Service)として提供する「RAG SaaS」構想である。「プロジェクトごとにデータや設定を使い分けられる環境を整備しつつ、そのためのシステム基盤は共有し運用の負荷やコストを最小限に抑えることで、より多くの部門がRAGの仕組みを活用できるようにする」(佐井氏)考えだ。