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韓国サムスン電子、半導体工場の建設期間短縮に向けBIMデータを活用

「Autodesk University 2025」より、マネージャーのファン・ヨンユ氏など

佐久間 太郎(DIGITAL X 編集部)
2025年12月22日

 設計段階ではBIMの精度を高めているサムスン電子だが「施工現場や運用段階で活用されるためにはツールの壁が立ちはだかった」と同社Platform Engineerのキム・テギュン(Taekyun Kim)氏は明かす。「高機能なBIMソフトウェアやクラウド基盤は強力だが、操作には専門知識を要する。技術的知識を持たない利用者には3Dモデルの活用は困難だった」からだ(写真1)。

写真2:サムスン電子のPlatform Engineerであるキム・テギュン(Taekyun Kim)氏(左)とビョン・ジウク(Jiwook Byun)氏

 例えば、現場の作業員や監督者が「高さ930ミリメートル未満のパネルはどこにあるか」「昨日の設計変更で何が変わったか」など単純な答えを得る際にも「都度、BIMエンジニアの手を借りる状況が発生していた」(キム氏)という。

現場がBIMデータを扱うためにAIチャットボットを開発

 この問題を解消するためにサムスン電子はWebアプリケーション「The shareable 3D views(共有可能な3Dビュー)」を開発した(図2)。Platform Engineerのビョン・ジウク(Jiwook Byun)氏は「複数モデルを統合し、断面図や注釈付きの3Dビューを生成できるビューワーだ」と説明する。

図2:Webアプリケーション「The shareable 3D views(共有可能な3Dビュー)」の画面例

 WebアプリケーションにはAI(人工知能)チャットボット「Samsung DS AI Chatbot」を開発し実装している。BIMデータの属性情報を得るためで「3Dビューアーは可視化には有用だが、構造化データの表現には適していなかった」(ビョン氏)からだ。

 Samsung DS AI Chatbotにより利用者は自然言語で問いかければ必要な図面や数量データを取り出せる。例えば「過去80時間以内に変更された全要素を見せて」と問えば、その回答と連動して該当する建物・設備の一部がハイライト表示される(図3)。

図3:The shareable 3D viewsに搭載した「Samsung DS AI Chatbot」のインターフェースと、回答に基づきサンプルモデルをハイライトした例

 3Dデータを活用する仕組みの実現においては、クラウドのAPI(Application Programing Interface)」を使い「データ取り込みサービス」を構築した。「クラウド上のデータは、そのままでは外部からは扱いづらい」(キム氏)ためだ。BIMモデルから属性情報を抽出し、社内のSQLデータベースに格納することで「モデル要素とそのプロパティを検索可能な形で提供する」(同)仕組みである。

 SQLに連携するモデルは全体を毎回処理せず「バージョン間の差分のみを取得する増分処理(Incremental Update)により、巨大な半導体工場のデータでも高速な同期を実現している」とキム氏は説明する。

工場を設計できる「AIスーパーエージェント」を実現へ

 ただしAIチャットボットの利用においては、建設現場で事実と異なる回答を導出するハルシネーション(幻覚)は許されない。回答精度を高めるために、複数のAIエージェントが会話し自律性を高める「マルチエージェント協調パターン(Multi-Agent Collaboration Pattern)」ではなく、人がフローチャートを設定する「手続き型(Procedural Pattern)」を採用している。

 マルチエージェント協調パターンでは「応答の一貫性が低く不正確な数値を返す傾向があり信頼性に課題があった」(キム氏)ためだ。手続き型パターンでは「回答に関与する到達点を事前に定義することで回答精度の管理が容易だった」(同)という。

 また巨大なBIMモデルをそのままプロンプトに入力すれば、すぐに容量をオーバーしてしまう。そのためLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)特有の課題であるトークン制限を考慮し、AIシステムに渡す情報を最適化するロジックも導入した。

 例えば「過去80時間以内に変更された要素」を知りたい場合「BIMモデルが持つ8万要素の全ての情報ではなく、データベース側でフィルタリングした後に必要な文脈のみを入力することで、入力トークンを約99%削減できた」(キム氏)とする。

 今後は、半導体工場を設計するための「AIスーパーエージェント」の実現を目指す。「レイアウトを計画し、コストと性能の全ルールをチェックし、数千の選択肢を検証して、確認用の3Dモデルまでを自律的に出力するエージェント」(ファン氏)になる。

 ファン氏は「BIMとAI技術の融合はもはや実験的な取り組みではなく、競争力を維持するために不可欠なインフラだ」と強調する。