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- 世界経済フォーラム(WEF)発、グローバルに見るデジタルを前提にした未来地図
2度のエネルギー危機が示す戦略転換と日本への期待【第2回】
例えば「No Power, No AI」というセッションでは「AI技術の普及によって急増するデータセンターの電力需要に対し、エネルギーシステムは十分対応できるのか」や「エネルギー効率化へのAI技術の活用は、その需要拡大に追いつけるのか」という問いへの議論が交わされた。エネルギーはもはや産業活動を支える基盤ではなく、デジタル競争力を左右する戦略的資産になっている。
そしてETI2026の指数には極めて象徴的な結果が示されている。世界ではエネルギー投資、再生可能エネルギー導入、原子力活用がいずれも過去最高水準になったにもかかわらず、転換準備態勢は10年で初めて低下した。
これは設備や発電容量が不足しているのではなく、それを支える制度やインフラ、人材、投資環境、電力系統、政策の整合性といった「システム」が十分に追いついていないことを意味する。背景には、政策の不確実性、送電網の制約、資金調達の偏在、サプライチェーンの脆弱性、そして地政学的リスクの高まりがある。
言い換えれば、世界は発電設備だけではなく「エネルギーシステム全体」へと移行しつつあるのだ。つまり2022年が「エネルギー価格」が世界経済を揺るがした危機だったのに対し、2026年は「エネルギーシステム」が経済成長の制約要因になることを示した危機だと言える。
エネルギーが競争力になり日本は「システム」を世界に提供する国に
AI技術やデータセンター、電化、EV(Electric Vehicle:電気自動車)の普及などにより、電力需要は急速に増加している。エネルギー供給能力そのものが、今後の産業競争力や経済成長を左右する時代に入りつつある。これは、エネルギーが単なるコストではなく“競争力そのもの”へと位置づけが変化したことを意味している。
従って、エネルギー転換を問うべき視点も変わった。「いかに脱炭素を進めるか」ではなく「いかにエネルギー安全保障と経済競争力を確保しながら脱炭素を実現するか」が新たな政策課題になった。
そこでは、送配電網、蓄電池、原子力、水素、LNG調達、多様な供給源、デジタル制御など、エネルギーシステム全体のレジリエンスが国家競争力の重要な構成要素になっている。
日本はエネルギー転換において極めて特徴的な立場にある。最大の課題は一次エネルギーの輸入依存であり、2022年の天然ガス危機でも2026年のホルムズ海峡危機でも大きな影響を受けた。ETIでも、日本は安全保障の評価が唯一悪化した国の1つになった。
しかし日本には強みもある。送配電網の運用、高効率火力発電、蓄電池、水素、デジタル制御、災害対応、電力市場設計など、エネルギーシステム全体を支える技術と運用ノウハウを有している。ETI 2026は今後重要になるのは「インフラ、イノベーション、そしてレジリエンスへの投資である」ことを強調している。
この視点に立つと、日本が輸出できるのは発電設備だけではない。強靱で持続可能なエネルギーシステムそのものを提供できる可能性がある。政府が成長戦略の柱として位置付けるGX(Green Transformation)や資源・エネルギー安全保障とも方向性は一致しており、エネルギー危機を新たな競争力へ転換する機会にもなり得る。
もっとも、エネルギー安全保障は一国だけで実現できるものではない。エネルギー市場が相互に結び付く現在、レジリエンスは国家単位ではなく、地域全体で高めていく必要がある。
エネルギー転換の時代のリーダーシップが期待されている
こうした認識のもと、日本はアジアにおける地域協力を新たな段階へ進めようとしている。高市首相は2026年4月のAZECプラス首脳会合において、新たな地域協力構想である「POWERR Asia(Partnership on Wide Energy and Resources Resilience Asia)」を提唱するとともに、AZECを経済安全保障とレジリエンスの視点を取り込んだ「AZEC 2.0」へ発展させる方針を示した。
POWERR Asiaは、緊急時の燃料調達やサプライチェーン維持に加え、石油備蓄、エネルギー源の多様化、重要鉱物の確保、エネルギー効率向上など、中長期的な構造改革を支える枠組みである。またAZEC 2.0は、脱炭素・経済成長・エネルギー安全保障という従来の目標に加え、経済レジリエンスと供給網の強靱化を統合し、アジア全体で持続可能かつ強靱なエネルギーシステムを構築することを目指している。
ETI2026が示すように、今後のエネルギー転換の成否は、再生可能エネルギーの導入量だけで決まるものではない。持続可能性、公平性、安全保障という3つの目標をいかに両立させるかが鍵になる。そして、その実現には各国の努力だけでは限界がある。
アジアは世界で最もエネルギー需要が伸びる地域であると同時に、多くの国が輸入エネルギーに依存している。だからこそ、相互支援、共同投資、供給網の強靱化を通じた地域協力が不可欠であり、日本には、その協力を官民連携で前進させる重要な役割が期待される。
エネルギー転換の時代に求められるリーダーシップとは、自国だけのエネルギー安全保障を追求することではない。地域全体のレジリエンスを高める制度、投資、技術協力を通じて、「エネルギー安全保障」と「エネルギー転換」を両立させる新たな協力モデルを構築することである。
エネルギー転換はもはや、経済競争力、産業政策、安全保障、そして国際協力を統合する新たな成長戦略だ。欧州にも「EU(Energy Union)」といった協力の枠組みがあるが、POWERR AsiaやAZEC 2.0は、その理念をアジアで具体化する地域的な取り組みとして、今後のアジアのみならず、世界のエネルギーガバナンスにも有用な示唆を与えることが期待される。
本田 希里子(ほんだ・きりこ)
世界経済フォーラム ビジネス・エンゲージメント統括(日本)。ドイツ証券 投資銀行本部戦略・経営管理部長、みずほ証券/みずほフィナンシャルグループ、アビームコンサルティングにて戦略・経営企画・経営管理等を歴任。早稲田大学商学部、早稲田大学大学院商学研究科卒。独WHUコブレンツ経営大学院、仏パリ政治学院 DEA(国際関係学修士)。2014 年より世界経済フォーラム勤務。
