• Column
  • 〔誌上体験〕IBM Garage流イノベーションの始め方

Envision:偶然に頼らずにイノベーションをデザインする【第7回】

木村 幸太、黒木 昭博、中岡 泰助(日本IBM IBM Garage事業部)
2021年2月17日

(1)目標の丘

 利用者の体験がどのように変わるのか、何を実現するのか、そのコンセプトを一文にしたものである。目標の丘として明文化することにより、プロジェクトメンバーや関係者が、ペルソナにとっての価値を明確にし共通認識を得られる。

(2)プレイバック

 プロジェクトメンバー、ステークホルダー、実際の利用者を巻き込んでの活動の振り返りである。利用者にとっての“価値”や“体験”を中心に据えて、プロジェクトの方向性について関係者間で意識を合わせ、企業の方針等と整合性が取れているかを確認し、さらに推進していくためにフィードバックを得る場である。

(3)スポンサーユーザー

 プロジェクトで課題解決の対象になる利用者そのもの、または利用者を詳しく知っているメンバーのことを指す。スポンサーユーザーをプロジェクトに巻き込み、定期的にフィードバックを得ることで、リアリティが高まり、必要とされる解決策や望ましい利用者体験を形作っていける。

 このように説明すると、「デザイン思考は決まった手順やプロセスが存在し、それに沿って進んでいくもの」と思われることがあるが、決してそうではない。一度実施して終わりではなく何度も繰り返す。また、どこから始めてもよい。

 大事なことは、徹底的に利用者のことを調査し、気づきを得る“観察”と、多様な人材のチームで課題や解決策を導く“洞察”、実際に手を動かしてプロトタイプをつくり、そこから学びを得る“創作”のループをアクションとして絶え間なく続け、常にアップデートしていくことである(図2)。

図2:エンタープライズ・デザイン思考における観察〜洞察〜創作のループ

 そのようなループを回し、利用者体験の検証が済めば「MVP(Minimum Viable Product)」に着手する。

 MVPとは「実用最小限のプロダクト(製品・サービス)」の意味だ。多くの時間とコストをかけて、様々な機能を備えたプロダクトを作成するのではなく、必要最小限の機能を実装し、実際に使ってもらうことで、さらに利用者から学びを得ることがポイントだ。その中でプロダクトを磨き上げ成長させていく。

 こうすることで、利用者に使われなくリスクを低減することができ、不確実性が高いとされる市場環境下であっても着実に活動を前進させることができる。

メソッドよりもマインドセットが重要

 ここまでの説明からは、メソッド(方法論)さえ押さえればデザイン思考を実践できるように思えるかもしれない。実際のところは、メソッドよりも以下に示すようなマインドセットの方が重要である。

・利用者の言動だけでなく思考や感情を理解し、常に共感を起点として思考し続ける
・多様な考えや意見を受け入れ、ポジティブな姿勢でアイディアを昇華させていく
・失敗を許容して、そこから学び改善するという、仮説検証のサイクルを素早く回していく

 このようなマインドセットの元で日々実践を重ねていくことが、必要とされる利用者体験へと繋がっていく。

 では、以下の状況を一読し、当事者になったつもりで問題に取り組んでみていただきたい。

ミニ演習3

状況 :あなたはB2C(企業対個人)メーカーで、新しい製品/サービスの企画を担当している。最近、部内でデザイン思考に取り組む動きがある。自分自身も実践してみようと、ターゲットユーザー像をペルソナとして作成し、現状の課題を洗い出すところまで完了した。今後、解決策の着想、検討を進めるにあたって、どのように進めていくのが良いだろうか。

選択肢(あなたの考え方に当てはまるものにチェックをつけてみましょう)

□ 解決策は実現手段となるテクノロジー中心に検討する ↔ □ 顧客体験としての価値を定義し、必要なテクノロジーを検討する

□ プロトタイプは完成品同様のレベルを目指して作る ↔ □ プロトタイプは顧客体験としての価値の検証に適したものを作る

□ MVP段階に進んだら、技術的実現性を担保することのみにフォーカスする ↔ □ MVP段階でも顧客から学びを得て、アップデートする

 次回は、「ミニ演習3」の解説と、つまずきやすい点を考慮しながら具体的な実践ポイントについて紹介していく。

木村 幸太(きむら・こうた)

日本IBMグローバル・ビジネス・サービス事業本部 IBM Garage事業部 部長。IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に入社後、さまざまな業種の企業への営業やCRM、マーケティング戦略の策定・実行支援、BPR、システム化構想から導入など経験する。2018年1月にスタートアップを支援するIBM BlueHub、同年10月よりIBM GarageのLeadに着任。近年は、イノベーションやデジタル変革をテーマに、デジタル戦略やアジャイル案件を数多く手がけている。

黒木 昭博(くろき・あきひろ)

日本IBM グローバルビジネスサービス事業本部 IBM Garage事業部 マネージングコンサルタント。事業変革の構想立案や、それに伴うデジタル活用、新サービスの企画コンサルティングを手掛ける。企業と顧客が一体になって価値を生み出す共創を促進する手法の研究開発や実践にも取り組む。著書に『0から1をつくる まだないビジネスモデルの描き方』(日経BP社、共著)、『徹底図解 IoTビジネスがよくわかる本』(SBクリエイティブ、共著)がある。修士(経営学)。

中岡 泰助(なかおか・たいすけ)

日本IBM グローバルビジネスサービス事業本部 IBM Garage事業部 コンサルタント。フランス プロヴァンス大学院 文化人類学修士課程修了後、日系メーカーの技術営業職を経てIBMに入社し、米国・欧州・日本における新規事業企画、業務改革等のコンサルティングに従事。アフリカのガーナやマリでの調査経験を有し、ブータンの開発政策に関する著作『Le développement basé sur le Bonheur National Brut』がある。