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  • 〔誌上体験〕IBM Garage流イノベーションの始め方

Envision:偶然に頼らずにイノベーションをデザインする【第7回】

木村 幸太、黒木 昭博、中岡 泰助(日本IBM IBM Garage事業部)
2021年2月17日

前回までは、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)において取り組むべき領域を特定する「Discover(発見)」に関して説明した。第7回と第8回では、IBM Garageのコンポーネントの1つである「Envision(構想)」について紹介する。Envisionは前回のDiscoverと合わせて「Co-Create(共に創る)フェーズ」を形成し、取り組むべき領域における構想を人にフォーカスして具体的に描くものである。

 自社のシーズを元にモノを作っても売れる時代ではないことは、多くの方が既に気がついていることだろう。一方で不確実性が高い市場環境において、何を起点に構想を立てれば良いのかに悩むことが増えたのも、また事実ではないだろうか。構想の鍵となるのは、利用者の理解を深め、本当に喜んでもらえる体験を創出することにある。

人間を中心に据えて”利用者体験”を構想する「デザイン思考」

 利用者を中心に据えて体験を構想する手法として「デザイン思考(Design Thinking)」が存在する。デザインというと、日本語では「姿や形といった見た目の格好良さ」などがつい想起されてしまいがちだ。だが本来的には「利用者に役立つ“体験”を設計(design)する」ことに核心がある。

 デザイン思考では、利用者の言動だけでなく、内面である思考や感情も観察して、本当に解くべき課題を洗い出し、解決策の考案・評価を繰り返すことで、望ましい体験を描いていく。

 デザイン思考の潮流を概観すると、デザインの学術的な研究は1960年代から存在していた。そのデザイン思考が広く世の中に知られるようになったきっかけは、米国のデザインコンサルティング会社IDEOの創業者であるデビッド・ケリー氏が2004年、米スタンフォード大学に「d.school」を設立したことだ。

 米IBMでは2012年に、当時のCEOだったジニー・ロメッティ氏が、「カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)はすべての企業にとって最重要課題である」という考えのもと、IBM独自のデザイン思考の方法論を作り上げた。世界中の全社員にデザイン思考をトレーニングし、顧客へのサービスに活用してきた。

 その後、日本でも徐々に機運が高まり、2020年に経済産業省から公表された「デザイン経営ハンドブック」からは日本企業にデザイン思考が少しずつ浸透しつつある状況がうかがえる。

デザイン思考を企業向けに拡張した「エンタープライズ・デザイン思考」

 一般的なデザイン思考の考え方をベースに、IBMは企業でのプロジェクト向けに独自の要素を付け加えたフレームワークを「エンタープライズ・デザイン思考」として開発・展開している(図1)。

図1:エンタープライズ・デザイン思考のフレームワーク

 一般的なデザイン思考は、図1の緑色の部分が該当する。利用者やペルソナを“理解”することで課題を見出し、解決策を“探究”し、作成した“プロトタイプ”を利用してもらうことで“評価”を得るという流れだ。

 これに対しIBMの独自要素は青色の部分である。具体的には、(1)目標の丘、(2)プレイバック、(3)スポンサーユーザーの3つである。