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DXの広がりで注目高まるエッジコンピューティング

齋藤 公二(インサイト合同会社 代表)
2023年2月13日

工場や街中などへの導入が始まっている

 エッジコンピューティングは国内でもすでに、製造や流通・小売り、社会インフラなどへの適用が始まっている。

 例えば三井化学は、スマートファクトリーの実現に向けてエッジコンピューティング環境を整備している。機器の振動やガス、圧力といったセンサーデータなど、各拠点で発生する膨大な情報を効率良く処理するのが目的だ。データの蓄積場所をエッジコンピューティングを使って構築し、拠点単位でのデータ分析をリアルタイムに実行する。

 コンビニ大手のローソンは、店舗ごとの売り場の運営方法を改善するためにエッジコンピューティングを利用する(図1)。店内で発生する各種データを分析するために「店舗運営支援AI」を開発しエッジ環境で動作させる。匿名化したカメラ/音声データや、POS(販売時点情報)データ、会員データなどから顧客の行動を分析したり、棚割など店舗施策の変更結果から各店舗に適した施策の優先度を可視化したりする。

図1:ローソンは店内の各種データから店舗ごとの売り場づくりを目指す

 スマートシティへの適用例もある。千葉県柏市の柏の葉スマートシティでは、屋外公共空間にAIシステムを搭載するカメラを設置し、画像をリアルタイムに分析することで、通行人の異常な行動や危険な場所への立ち入りを検知したり、人流を分析したりする(図2)。撮影した映像は個人を特定できないデータに加工しており、プライバシーを侵害するようなデータは取得・保管しないという。

図2:柏の葉スマートシティにおけるAIカメラの設置場所と撮影映像の適用例

エッジコンピューティングのこれからを示す技術トレンド

 エッジコンピューティングの導入・活用に向けて注目したい技術トレンドのいくつかを挙げる。第1はAIモデルを含めたライフサイクルマネジメントである。AI技術の進化は目覚ましく、MLやDL(Deep Learning:深層学習)などのアルゴリズムを十分に理解しなくても、アプリケーションに組み込んで利用できるようになってきた。業種や用途の別に最適化されたAIモデルも提供されている。そうしたAIモデルを動作させるためのコンピューティング環境も、PCベースのGPU(Graphic Processing Unit)を利用したり、より処理能力が高いGPUサーバーを調達したりが可能だ。

 ただAIモデルは、データの更新やビジネス環境に合わせて常にアップデートする必要がある。AIモデルの学習はクラウド側で実施することになるが、学習したAIモデルを複数のエッジ環境に配付・管理する必要がある。AIモデルのライフサイクル管理を視野に入れたクラウドサービスも登場し始めている。

 もう1つの重要な技術トレンドはセキュリティである。情報セキュリティマネジメントシステム(ISO/IEC 27000)や、ゼロトラストアーキテクチャ(NIST SP 800-207)などの国際標準や指針、ガイドラインをエッジ環境でどう実現していくかが課題になりそうだ。

 具体的には、産業用オートメーションおよび制御システム(IACS)を対象にしたセキュリティの国際標準「IEC 62443シリーズ」や、ゼロトラストアーキテクチャーで提唱されているID管理やセキュリティ動作の監視・測定、リソースの認証・認可などである。プライバシーへの関心も高まる中、データの匿名化や、技術論だけでなく倫理や法制度の面からの対応も必要になる。

 相互運用性も重要だ。OPC Foundationが策定する国際標準規格「OPC UA」がカギになりそうだ。OPC UAは、安全で信頼性のあるデータ交換のために策定されたオープンな規格で、産業用アプリケーションの相互運用を実現する。ITシステムとのデータ交換にも利用することで、OT(Operational Technology:運用技術)とITを融合する役割も期待されている。

エッジコンピューティングを活用するための留意点

 リアルタイム性やセキュリティの確保などのメリットを持つエッジコンピューティングだが、その導入・運用には課題もある。導入コストや運用管理負担の増加、技術のキャッチアップ、人材確保などだ。

 導入コストにおいてエッジコンピューティングは、デバイスから直接クラウドにアクセスしデータを一元管理する仕組みと比較すると高くなる。エッジ側にサーバーやストレージ、ネットワーク機器を設置する必要があるためだ。

 エッジ環境を置く拠点が複数あり、広範囲にわたれば、機器のメンテナンスやファームウェアのバージョンアップといった運用管理の負担も増えていく。エッジ環境で動作させるプログラムの配付・更新も必要になる。

 加えて、エッジコンピューティング環境を実現するために利用されている技術分野は多種多様である。それぞれが日々、進化しているだけに、追随すべき技術トレンドも、上述したように幅広い。そのうえで、IoTシステムの構築・運用や各種データの活用方法、エッジ側でのセキュリティの担保、AI技術の活用などに向けた人材も確保する必要がある。

 こうした課題を解消するために、誰もが操作でき運用負担が少ないエッジサーバーや、AIモデルを簡単に作成し現場に組み込めるソフトウェア、分散するエッジ環境全体を包括するクラウドサービスなどが提供されるようになってきている。自社に足りないリソースについては、外部ベンダーや各種の製品/サービスを活用するかどうかも、エッジコンピューティングを成功に導くポイントになるだろう。