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マスターデータ管理で複数SaaSの“正しい情報”を1つにする【第6回】
マスターデータが“揃い続ける”仕組みが必要に
本連載の第5回では、導入するSaaSが増えていく際の「つながり方の構造」について説明しました。情報の“揺れ”を解消するためには、そのつながりの中で情報を揃え続けることが重要になります。そのためには次の3つの流れを意識します。
(1)配る
社員マスターや商品マスターなど“正しい情報”を基幹システムや共通の仕組みから各SaaSへ配ります。ただ現場ではExcelや個別のSaaSに先に新しい情報が入力されてしまうことがあるため「配る」だけでは整合性は保てません。
(2)戻す
現場に近いSaaSで起きた変更を、必要に応じて会社全体の“正”に戻します。Excelをはじめとする現場に置かれたリストは、しばしば会社の中で最も最新性を保っています。MDMでは「Excelをマスターにする」のではなく「Excelで更新された最新情報を正規のマスターに戻す経路を設計する」ことが重要になります。現場の動きに合わせてマスターが自然に更新されれば“揺れ”が蓄積しなくなります。
(3)検知する
表記ゆれや更新漏れ、情報不一致などの“揺れ”が起きたことに気付ける仕組みを持つことが重要です。特にSaaSが増えると、誰かが修正した情報が放置されがちです。MDMは「戻る経路」と「揺れに気付く仕組み」を整えることで、データが自然と揃い続ける状態を維持します。
MDMのためには専用ツールも提供されています。ですが、ツールを使わなくても「どこを正にするか」さえ決めれば“揺れ”のチェックは可能です。逆にツールを導入してもチェックがなされなければ“揺れ”の発生に気づかないことはよくあります。なお「配る」「戻す」については第5回も参照してください。
Excelに入力された“正しいデータ”をマスターに反映させる
MDMの推進にあたり業務部門にとって最も身近で、かつ最も大きな壁がExcelマスターです。営業部門の顧客リストや店舗ごとに独自の商品表、部署で使っている人員表などがExcelで管理され、正式なSaaSや基幹のマスターの情報とは異なる値を持つことで“正しい情報”が複数存在する状態が加速されます。
そのためMDMでは、Excelも含めて「どの情報がマスターとして使われているのか」の棚卸し最初の一歩になります。棚卸し後に重要なのは、Excelを排除することではなく、Excelをデータの入り口として扱えるようにすることです。
実務ではExcel上でのデータ更新が最も早く、現場の実態に最も近いことが多いでしょう。そのため、Excelから正式なマスターにデータを戻す仕組みを整えられれば、影のマスターが問題ではなく、むしろ“最新情報の供給源”として機能するようになります(図2)。
すなわちMDMの現実的な進め方としては、Excelをマスターにするのではなく、Excelに入力されたデータが正規のマスターに吸収される流れを作ることになります。最初からMDMを大規模に始める必要はありません。業務部門が実施できる実務的な第1歩は次の通りです。
ステップ1 =どこに何の情報があるかを棚卸しする:顧客や社員、商品の情報が、どのSaaSや基幹システム、Excelに存在するかを洗い出す
ステップ2 =「どれが正か」を決める:項目ごとに「この情報は、この部署/このシステムが正」と決める。
ステップ3 =情報の流れを書き出す:どこで変更が生まれ、どこに配られ、どこで整合が取れるべきかを図にする
Excelの存在を棚卸し時に発見した場合は「このExcelは何の最新性を持っており、どこに戻すべきか」をセットで整理すれば、その後のMDM施策が非常に進め易くなります。
必要なのは“揃い続ける”ための仕組みです。これをデータ連携で実現する方法があるため、必ずしもMDMツールを使わなくても構いません。ここまでデータを整理できれば、システム部門との会話は格段にスムーズになるでしょう。
MDMは専門的な仕組みではありません。全社が同じ事実を見て業務に取り組めるようにするための“業務の整備活動”なのです。情報の揺れを理解し“正”を決め“揃い続ける”仕組みを作れれば、SaaSがいくつ増えても整合性を保てます。
高坂 亮多(こうさか・りょうた)
セゾンテクノロジー CTO(Chief Technology Officer:最高技術責任者)。2007年新卒入社、2025年より現職。流通業向け業務アプリケーションの開発を皮切りに、クラウド移行やモバイルアプリケーション、コグニティブ技術を活用したアプリケーションなど先端技術領域の開発をリードしてきた。近年はデータエンジニアとして分析基盤の構築やAI活用プロジェクトを推進している。
