• Column
  • 日系SDVが世界で勝つための協調と独自性

ホンダ、SDVの大規模ソフトウェア開発で組織設計と開発工程の外側に目を向ける

「SDVサミット2026」より、本田技術研究所 SDV研究開発センター 副統括 兼 SDV開発改革室長の菅 有里子 氏

トップスタジオ
2026年11月4日

 外から見れば無理もない疑問だが、現実には仕様変更などに起因する問題が次々に生じ、開発期間やコストの半分以上をテストに費やすことも珍しくない。「修正が新たな潜在バグを呼び、局所的な手当てが全体に波及する」(菅氏)ことも一因だ。しかも、修正を担うのは最初に設計しコードを書いた本人とは限らず、別の企業の担当者になることも少なくない。

 さらに厄介なのが、機能と機能をつなぐインターフェース上のバグだ。菅氏は「そこに組織の境界が重なると、責任範囲や前提条件の認識がずれやすくなる」と指摘する。結果として、必要な機能や確認項目が組織の境界に埋もれ、「開発の後半になって初めて抜け漏れとして表に出る」(同)こともある。

 こうした問題は、やがて遅延となって表れる。そして遅延は“潮が満ちる”ように少しずつ進む。「『まだ取り戻せる』『取り戻さねばならない』という技術者の心意気が報告や対策を遅らせ、気付けば取り返しのつかない損失に膨らんでいる」(菅氏)こともある。加えてハードウェアの試作・評価の節目に連動しているため「ソフトウェアの進捗は曖昧なまま『問題ない』で通りやすい」(同)構造だ。

AI活用よりまず先、耕すべきは「土壌」

 こうした難しさを一気に解消する切り札として、AI(人工知能)への期待は大きい。菅氏も「『AI技術で開発費が直ちに半分になる、数年後には0円に』といった提案を数多く受けてきた」という。

 だが、自らものづくりに携わってきた立場から、その楽観とは距離を置く。その理由について菅氏は次のように話す。

 「AIに『ちょうどいいように作って』と依頼をして、クルマを完成させられる技術はまだない。はっきりした指示とデータがないとものはできない。では“気の利いた”データとは何か。それこそが開発のノウハウだ」

 菅氏の指摘はさらに踏み込む。AIエージェントを開発現場に組み込むとしても、それをどう構成し配置するかを突き詰めると、指示系統、責任の所在、ドキュメントの残し方、複数のチェック体制、多機種の同時開発、次のプラットフォームへの引き継ぎ、証跡の管理、といった種々の要素の設計が必要になる。

 これは人を「どう組織化するか、どうチームを作るかとまったく同じこと。いま、人をしっかりと生かせていない組織は、AI技術をうまく使えないだろう」と菅氏は強調する。AI活用とそれを支える「土壌づくり」は同時に進めなければならない、というのが菅氏の見解だ。

 AI技術なら、ある程度のプログラムなら書ける。だが、大規模かつ複雑なSDV開発を担えることとは別の話になる。菅氏は、「日本語を勉強して、原稿用紙1枚の作文が書けたなら、直木賞や芥川賞を取れるだろうか」と問う。

 「土壌」の必要性はリスクマネジメントにも及ぶ。リスクを巡っては「『問題がある』と報告した瞬間に『対策を持ってこい』となれば、技術者はリスクを報告しようとは思わない」(菅氏)という現場の空気もある。多忙な技術者に対してはなおさら、問題の報告と同時に解決策まで求めれば、リスクは表に出にくくなる。菅氏は「問題を責めることではなく、早い段階で可視化し、リスクマネジメントする仕組みや組織風土が重要」だと強調する。

V字の「外側」の整備が大規模開発の生産性を決める

 菅氏の問題意識の根底には、技術者としての原体験がある。出発点は交通管制システムの開発だった。同じプログラムが5年、10年と使われ続ける。刷新時にも流用・改造できる部分は引き継ぐ。だからこそ開発の土台では「いつ誰が見ても分かる設計、短く読みやすいコード、設計書とソースコードの対応付け、技術者なら理解できるコメントなどが重視された」(菅氏)

 だが、ソフトウェアに携わる人には“基本中の基本”に映るこうした営みも「外の世界では崩れがち」だと菅氏はみる(図3)。裏を返せば「基本的な規律を意識的に取り戻すことが、SDV開発を立て直す足がかり」(同)にもなる。ツールが世にあふれているからこそ、何をどう積み上げるかという設計思想がものを言う。

図3:IT企業が競争で磨いてきたソフトウェア開発の「型」

 では、OEM(完成車メーカー)が今後に注力すべき領域はどこか。菅氏の答えは「開発を横断して支える『外側』の整備」だ。要件定義から設計、実装を経るまで、工程に対応するテストが左右水平に対応する「V字モデル」の外側である。

 OEMでは同じような開発工程が車種ごとに並行して何重にも走るため、それらを共通の仕組みとして整えられるかどうかが鍵を握る。菅氏は「外側の仕組みがどれだけ整っているかで、開発の生産性が大きく変わる」と力を込める。

 理想郷へ一足飛びには行けないからこそ、まずは難しさの正体を見極め、開発現場に蓄積された技術者のノウハウを生かす。SDVへの変革に向けて、前向きな自己点検の態度を示した。