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  • “正論“では動かない!人が動きたくなるゲーミフィケーションの基礎と実践

なぜ今「ゲーム」の考え方が必要なのか【第1回】

伊藤 真人(セガ エックスディー 代表取締役 社長執行役員CEO)
2026年9月16日

情緒的価値が“正論”を“感情”に変える

 浸透と継続という極めて厄介な人間心理の課題をブレイクスルーするための強力な手段が、本連載のテーマである「ゲーミフィケーション」です。

 ゲーミフィケーションとは、一言で言えば「ゲームが持つ人を夢中にさせる仕組みやデザインの知見を、ゲーム以外の領域(ビジネス、教育、医療など)に応用すること」を指します。「なぜビジネスにゲームなのか」と疑問に思う方もいるかもしれません。しかし、ゲームというビジネスの歴史を想像してみてください。

 ゲームの制作者たちは数十年もの間「説明書を読まなくても、プレーヤーが自発的にルールを理解し、徹夜してしまうほど没頭し、難度の高い課題に何度も挑戦し続ける仕組み」を愚直に研究し磨き上げ続けてきました。この「人を夢中にさせるノウハウ」こそが、今まさにビジネスが、そしてDXの推進現場が必要としているものです。

 ゲームが人を動かす背景には、従来のビジネス設計が見落としがちだった“情緒的価値”が、ふんだんに盛り込まれています(図1)。

図1:ゲーミフィケーションには“情緒的価値”を盛り込まれている

 従来のシステム導入は「義務」や「正しいルール」という外発的なアプローチに頼りがちでした。「使わないと評価を下げる」「使わないと業務が進まない」という強制力です。これでは最低限の利用は満たせても、現場の主体性や創造性は引き出せません。何より利用者に過度なストレスを与えます。

 一方でゲームは、誰かに強制されてプレーするものではありません。プレーヤーは「面白い」「次のレベルに行きたい」「仲間と協力してクリアしたい」という自分自身の内側から湧き出る“感情”すなわち内発的動機づけによって動きます。

 DX推進における浸透と継続の壁を越えるためには、究極的にはシステムに情緒的価値を組み込み、利用者が「正しいから使う」のではなく「使いたいから使う」という状態を作り出す必要があるのです。

ゲームでは行動そのものを“報酬”に変えてしまう

 では、ゲームの考え方を導入すると、ビジネスの現場は具体的に、どう変わるのでしょうか。例えば、多くの企業が頭を悩ませる「社内セキュリティ研修」を例に挙げてみましょう。

 セキュリティ研修の多くは、退屈なeラーニングのスライドを数十分間ただ眺め、最後に簡単な確認テストを受けるというものではないでしょうか。受講者は「業務の時間を削られる面倒なイベント」と捉え「いかに早く終わらせるか(例えば、動画を倍速で流す、答えを検索するなど)」に終始してしまうかもしれません。ここにゲーミフィケーションの考え方を活用すると、どうなるでしょうか。

 受講者は「社内に潜むサイバーテロリストの罠を見破るサイバー捜査官」という役割(ナラティブ)を与えられます。罠を見破る度に「スキルポイント」が溜まり、チームの仲間とランキングを競ったり、クリアすることで「限定バッジ」を獲得できたりします。問題の難易度も、最初は簡単で、徐々に手応えのあるものへと絶妙に調整されています。

 いずれの研修も「セキュリティの知識を学ぶ」という内容の本質自体は全く同じです。しかし、体験のデザインを変えるだけで、受講者の心理は「やらされている」から「挑戦している」へと180度転換します。これが、ゲーミフィケーションが持つ力です。

 以前からゲーミフィケーションという言葉をご存じの方は、ゲーミフィケーションと聞くと、ポイント関連アプリケーションなどで達成時に得られる「バッジ」を想起する方も多いかもしれません。しかし、その本質は、ポイントやバッジといった「表面的なゲーム要素」を単にパッチワークのように貼り付けることではありません。

 本質は、人間の「認められたい」「成長したい」「自ら選択したい」といった根源的な欲求を刺激し、行動そのものを“報酬”に変えてしまう体験設計にあります。

 このようにゲーミフィケーションは、DXにおける「組織の巻き込み」「チェンジマネジメント(変革管理)」に悩む推進者にとって強力な武器になり得ます。しかし、一歩間違えると「子供騙しのポイント制度を作って誰も使わなかった」「ランキングを作ったら社内の人間関係がギスギスした」など手痛い失敗を招くリスクも孕んでいます。ゲームの力は強力であるからこそ、その「取扱説明書」を正しく理解しなければなりません。

 次回は、ゲーミフィケーションのより具体的な定義や、現在の市場動向、ビジネスに適用する上で絶対に知っておくべき「得意な領域」と「不得意な領域(やってはいけないこと)」について紐解いていきます。

伊藤 真人(いとう・まなと)

セガ エックスディー 代表取締役 社長執行役員CEO。セガにゲームプランナーとして入社しモバイルゲームディレクターを担当。 新規事業部門にて広告事業を立ち上げ、総ユーザー数1億超を達成。その後メディア/ポイント/コミュニティサービス等の幅広いデジタルサービスの立ち上げを担う。 2016年に新規事業部門をスピンオフし「エンタテインメントの社会実装」を掲げるセガ エックスディーを設立し、2026年6月に代表取締役に就任。単著に『ゲームフルデザイン 「やりたくなる」を生み出すゲーミフィケーションの進化』(翔泳社、2025)がある。