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- 医療・健康
人体のバーチャルツインが個別化医療や新薬開発を加速する
仏ダッソー・システムズ バーチャルヒューマンモデリング シニアディレクターのスティーブ・レビン氏
仏ダッソー・システムズ(Dassault Systèmes)は、動的にシミュレーション可能な3D(3次元)モデルの開発対象を、人体や臓器にまで拡大している。人体の3Dモデル開発の技術的背景や、個別化医療・新薬開発への取り組みなどについて、同プロジェクトをけん引するバーチャルヒューマンモデリング シニアディレクターのスティーブ・レビン(Steven Levine)氏に聞いた。
「クルマや飛行機の設計者は、コンピューター上で丸ごと設計し、その性能を実際に作る前にシミュレーションで確認している。同じことを人体の仕組みを理解するために適用できないかと考えたのが『リビング・ハート・プロジェクト』のきっかけだ」--。仏ダッソー・システムズ(Dassault Systèmes) バーチャルヒューマンモデリング シニアディレクターを務めるスティーブ・レビン(Steven Levine)氏は、人間の心臓の挙動を再現する3D(3次元)モデルの開発経緯をこう説明する(写真1)。
レビン氏自身がバーチャルツインによる脳腫瘍手術の対象に
リビング・ハート・プロジェクトの原点は、レビン氏の実娘で現在は医師でもあるジェシー・レビン(Jesse Levine)氏にある。「生まれつき心臓の心室が逆になっているという難病を抱えていた」(レビン氏)という。医師たちが手探りで治療法を探る状況にあってレビン氏は「エンジニアとしてシミュレーション技術を応用できないかという問題意識を持った」のだ。
プロジェクトの成果を約1年前、レビン氏は身を持って体験する。自身が脳腫瘍だと診断されたのだ。CT(Computed Tomography:コンピューター断層診断装置)画像には「拡張性腫瘍」が写っていた。「頭蓋骨の構造を破って広がるほど大きく、視神経や頸動脈が危険にさらされるリスクの高い状態」(レビン氏)である。
手術チームは、レビン氏の脳の3Dモデルである「バーチャルツイン」を使ったシミュレーションによって手術計画を立案した(写真2)。腫瘍に栄養を供給する無数の微細な血管を避けながら安全に切除するためだ。レビン氏は「バーチャルツインがなければ頭蓋骨の一部を取り除く、より侵襲的な開頭手術が必要になり、脳組織を損傷するリスクが高まっていた」と振り返る。
実際の手術では、執刀医は手術室で脳の3Dモデルを表示し、手術のナビゲーションにも利用した。1人の医師がカメラを操作し、もう1人の医師がツールを操作することで、医師は頭部の中を直接見るのではなく、バーチャルツインを正確なマップとして参照しながら手術を進めた。「12時間におよぶ手術は計画通りに終わり回復に至っている。バーチャルツインがなければ私は、ここにはいなかったかもしれない」とレビン氏は頬を緩める。