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手術支援ロボ「Da Vinci」のログを解析できるモバイルアプリが登場、手技の向上と教育効果に期待

野々下 裕子(ITジャーナリスト)
2022年3月14日

手術支援ロボット「Da Vinci Surgical Systemダビンチサージカルシステム」を使用する外科医を対象にしたモバイルアプリケーションを、ダビンチを開発・販売するインテュイティブサージカルが開発し、提供を開始する。手術時のログデータの可視化・解析が可能で、外科医のスキルと治療成績に貢献することで、ロボットを使った手術の安全性と効率を高めたい考えだ。2022年3月2日に発表した。

 手術支援ロボット「Da Vinci Surgical System(ダビンチサージカルシステム)」は、ロボットとコンピューター、光学の各技術を応用し、患者の負担を抑える低侵襲手術を支援する医療機器。手術に必要な鮮明で高倍率な画像を提供する3D(3次元)HD技術、小型カメラ、人間の手首以上の可動域と手ぶれ補正機能を持つ専用鉗子などを備え、複雑かつ繊細な手技を必要とする外科手術をサポートする(図1)。

図1:手術支援ロボ「Da Vinci Surgical System」が提供する主な機能

 1999年に第1世代が発売され、現在は第4世代を迎えている。エントリーモデルの「Da Vinci Xi」「Da Vinci X」をはじめ、40種類以上の鉗子ラインナップが提供されている。

 世界での手術症例は1000万件以上あり、2021年だけで150万症例を数えた。日本では2009年に薬事承認を受け、2010年に販売が開始された。2012年には、前立腺がんや肺がん、胃がんなど計21術式のダビンチ手術が公的保険適用の対象となっている。

手術ログを即座に解析し手術の技術向上につなげる

 今回、Da Vinciを使用する外科医を対象にしたモバイルアプリケーション「My Intuitive(マイ・インテュイティブ)」を発表した。執刀医が自身のスマホでダビンチを使った手術のログデータを可視化できるアプリで、症例や手術時間、使用した鉗子の種類や稼働時間などを確認できる。データはプライバシーに関する法令に準じて扱われる。

図2:外科医用アプリ「My Intuitive(マイ・インテュイティブ)」

 My Intuitiveを使う外科医は、自身の手術の傾向やラーニングカーブを確認したり、全国の平均値と比較したりと、これまでは電子カルテを確認する以外に客観的な分析が難しかった手術内容を把握できる。医師の手技や治療成績の向上が期待される。

 インテュイティブサージカルのシニアグループマネジャーでプロダクトマーケティングを担当する山田 朋範 氏はMy Intuitiveの役割をこう話す。

 「ログデータを解析し、価値あるものに変換して医師がアクセスできるように、ログの取得から術後の分析までを包括的にサポートする。データの蓄積は手技のデジタル化にもつながるなど、ロボット手術ならではのテクノロジーだ。どの鉗子をどう動かしたかを時間ベースにハイライトするなど、手術動画の提供と併せてデータの価値をさらに高めたい」

 Da Vinci手術の第一人者としてこれまでに500症例を担当した順天堂大学医学部呼吸器外科学講座主任教授の鈴木 健司氏 はMy Intuitiveについて、「アプリの登場はロボット手術においては久しぶりの改革と言えるものだ。今後の手術の発展にも貢献するだろう」と述べる。同氏は、アプリのパイロット導入にも携わった。

 My Intuitiveの投入に向けたパイロット導入は2021年9月から開始し、約20人の執刀医が参加した。同時期に遠隔からDa Vinciによる手術を見学するためのプログラムをスタートさせ、2022年2月に本格導入を開始した。

 今後はAI(人工知能)技術などを使ったデータ解析による、より高度な3D手術画像や記録動画へのアクセスを可能にする。解析結果を元にパーソナライズしたトレーニングプログラムの提供も予定する。30以上のタスクをシミュレーションできるプログラムも用意する。

 インテュイティブサージカル社長の滝沢 一浩 氏は、「デジタルツールの展開は、治療成績の向上、個々のニーズに応じたラーニング、手術プログラムの最適化の3つの好循環を生み出し、さらに使えるシステムへと発展させられる」と強調する(図3)。

図3:デジタルツールの投入で目指す3つの好循環

 順天堂大学の鈴木氏も、「外科医の教育においてロボット手術が重要になると考えている。アプリを活用し客観的な視点で手技を学び、患者本位の低侵襲で安全な手術の精度を高めることは、医療全体の貢献につながるはずだ」と強調する。

 Da Vinciでは、2人の医師がビジョンを共有した作業も可能なため、ベテラン医師の手技を他の医師が体験できる。さらに難しい部位を精密に手術できる機能や、そのためのトレーニングも用意されているため「カンが良ければ若い医師や学生でも使いこなせるだろう」と鈴木氏は話す。

 インテュイティブサージカルの滝沢氏は、「医師からはトレーニング結果を数値で可視化する機能への要望が強い。そうした機能も将来の機能拡張計画で取り入れたい」とする。システム全体をデジタルでつなぎ、ワンストップで利用できるポータル機能の全国展開も予定する。

医療の進化で複雑化する手術をロボットが支援する

 手術支援ロボの登場は、手術そのものの考え方にも変化を与えている。例えば肺がんの手術において、「切除するカ所が小さくても効果がある」とする世界初の研究結果が間もなく発表される予定で、専門家の間でも議論が沸騰している。この効果が認定されれば手術内容は、より複雑化するため、幅3ミリメートルでのコントロールが可能なロボット手術のニーズが高まると鈴木氏は指摘する。

 肺がんの手術ではこれまで、肺の切除が当たり前とされ、術後に悪化するケースが少なくなかった。「一昔前の肺がん手術は肋骨を切り胸の中に手を入れる大手術が必要で、術後の疼痛もひどかった。Da Vinciなら、小さな穴を4カ所開けるだけで患者の負担も少なく、3本あるロボットアームを助手として操作しながら精密な手術ができる」(鈴木氏)という。

 ロボット手術に向けては、川崎重工業とシスメックスの合弁会社メディカロイドが開発する国産の手術ロボット「hinotori」が2020年8月に製造販売承認を取得した。ただロボット手術のさらなる普及に向けては、2022年に改定される診療報酬の加算や機器の導入コスト、手術費用を下げられるかどうかも影響する。

 滝沢氏は、「Da Vinciは日本でも10年以上の実績があり、医師からのエビデンスも数多く蓄積されている。ロボット技術でのアドバンテージを生かし、安定的な運用環境を提供したい。特にロボット手術を行う医師のトレーニングを重視し、新しい領域の追加も目指している。ロボットの導入コストを下げると同時に、患者とスタッフの満足度向上も進める」としている。