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日本の国際競争力に足りないのは経営戦略を描ける人材、スイスIMDの一條 和生 教授
「Japan SAFeシンポジウム 2024」より
米AMDはリスクを取り競争優位を確立した
マーティン氏の言葉には「Strategy is an integrated set of choices.(戦略とは統合された一連の選択である)」というものもある。一條氏は、「選択にはリスクが伴う。何かを選ぶということは何かを“しない”ことだからだ」と補足する。
この言葉を象徴する事例として一條氏は、半導体企業の米AMDを挙げる。米インテルの後塵を拝してきたAMDは、現CEO(最高経営責任者)のリサ・スー(Risa Su)氏が2014年に就任してから「AMDは激変した」(一條氏)という。「ローパフォーマンスとモバイルの領域を捨て、ハイパフォーマンスのCPUに投資する決断をした。AI(人工知能)のためのハイパワーPCやクラウドデータセンター、そしてゲーム領域に賭けた」(一條氏)のだ(図2)。
この路線転換が奏功し現在のAMDは高く評価されており、「その背景にはトップの選択と賭けがあった」と一條氏は指摘する。もちろん、その戦略を決めるに当たっては、「AMDの価値とは何か、コアケーパビリティは何かについて考え抜いたことだろう」(同)
この戦略的な賭けは「社員にとっても不安だったはずだ」と一條氏は話す。スー氏自身が「エクストリームコミュニケーション」と呼ぶように、「社内での対話を何度も重ね、なんとか社内を説得したということだ(同)
さらにマーティン氏の言葉として「Planning:comfort、Strategy:Angst and nervous(計画は快適さ、戦略は不安と緊張)」も紹介し、「確信が持てないことは悪いマネジメントではない」と一條氏は話す。「真の意味で戦略を考えるからこそナーバス(緊張)になるのであり、すなわち、それはグッドマネジメントであり、経営者としてリーダーシップを発揮していることに他ならない」(同)とする。
「戦略を立てても間違っていたら方向転換が必要
そのうえで一條氏は、新しい企業の競争優位として「Future Ready(フューチャーレディ)」という考え方を示す。つまり「予測できない変化が起こる時代、未来に備えよ」ということである。「端的にいえば、どんなことが起こっても、それを乗り越えていけるような組織能力を作っていくことだ」と一條氏は説明する。
例えば、「日本企業のEV(電気自動車)への取り組みに対し世界が懐疑的な視線を送っている」という記事が2023年4月、英エコノミスト誌に掲載された。ところが、それから半年も経たない2023年9月には、「イギリスが電動化への期限を2030年から2035年に5年延期した」と報じられ、世界に衝撃を与えた。
こうした変化の背景にあるのは、「中国企業による独占」(一條氏)である。EV化の流れに伴い、中国の自動車市場は自国ブランド以外は軒並みシェアを落としている。「電池製造の内製化で遅れるヨーロッパはEV化になかなか舵を切れずにいる。『中国市場で起きていることがいずれ、ヨーロッパでも起きるのではないか』と投資家にみられている」(同)というわけだ。
この事例での教訓は、「戦略を立てても、予想外のことが起こり、当初の戦略が間違っていたと思えたなら方向転換しなければならない」(一條氏)ということである。その方向転換には痛みが伴うが、辛抱強くダメージを乗り越えていく。「そんなレジリエンスを発揮できる組織力を作っていくことが企業業績の安定化には不可欠であり、レジリエンスを発揮できることこそが『フューチャーレディ』である」(同)
そのうえで一條氏は「イノベーションと安定的な経営基盤はトレードオフではなく両立すべきものだ」と話す。そのためIMDでは、フューチャーレディの度合いを測る指標として、スタビリティ(安定性)とイノベーション(革新性)に関する7つの指標を定めている。これにより、「どんなことがあっても乗りこえられる企業体制であるかどうかが評価される」(同)のだ(図3)。
経営者にはビタミン(遅効性)とアスピリン(即効性)を
経営者に向けて一條氏は、「ビタミンとアスピリンが必要だ」と話す。ビタミンはリーダーシップを意味する。「即効性はないが、経営者はリーダーシップを常に学び、長期的に自分自身を磨いていく必要がある」(同)という意味だ。
一方のアスピリンは、「なんとしても勝つ」という未来への野心である。「即効性が高く、『どこで戦うか?』『どうやって勝利を収めるか?』など短期的な勝利のための戦術的思考を磨いていく」(一條氏)ことだ。「この長期的と短期的な取り組みを継続することで経営者は戦いに勝てる」と一條氏は強調する。
加えて、「直感的で、野性的なスピリットが重要だ」ともいう。「数量的な分析も大事だが『何がなんでもやりたい』という経営者の野性的なスピリットこそが資本主義のダイナミスである」としたうえで一條氏は、「レジリエントな組織をアジャイル(俊敏)で作っていくためのリーダーシップを発揮できれば日本企業は発展していくと信じている」と経営者にエールを送る。