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企業のノウハウや暗黙知が生成AIにより新たなIPになり競争力の源泉になる

「3DEXPERIENCE WORLD 2025」より

佐久間 太郎(DIGITAL X 編集部)
2025年7月17日

複数のデジタルツインを統合・シミュレーションできる環境が必要に

 AIモデルが必要とする、これからのIPを扱うための前提としてクマー氏は「その器としての『バーチャルツイン』が必要になる」と主張する。ダッソーのいう「バーチャルツイン」とは、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)データなどにより物理世界を仮想世界に再構築するデジタルツインに対し「より動的で、統合的なシミュレーションが可能な環境」(同)を指している。

 例えば、工場の生産ラインにおいて、機械の稼働状況を示すデータだけを集めたデジタルツインでは「真の最適化は難しい」(クマー氏)。生産ラインの3Dモデルに加え、そこで働く作業員や協働するロボットの動き、工場内の空気の流れや温度変化、発生するCO2(二酸化炭素)といった関連要素までを統合し、相互に作用し合うモデルとして同時にシミュレーションする必要がある。

 統合型のシミュレーションができて初めて「生産ライン全体や製品のライフサイクル全般、エコシステム全体といった複雑な対象に対しても、物理法則に基づく科学的な答えを導き出せるようになる」とクマー氏は強調する。

 そのバーチャルツインの実現環境としてダッソーは「3D UNIV+RSES(ユニバース)」を発表した(図2)。これまでに取り組んできた製品とビジネスを連携する第5世代(Gen5)や、人体や生命をシミュレーションの対象にした第6世代(Gen6)などを含めた複数のバーチャルツインに生成AIエンジンと企業のIPを統合する第7世代(Gen7)の位置付けだ。

図1:バーチャルツインの実現環境となる「3D UNIV+RSES」はダッソーの戦略ロードマップでは第7世代にあたる

暗黙知までも学習したAIエージェントが設計作業などを支援

 3D UNIV+RSESを使って設計者やエンジニアが作業するためのインタフェースとして開発しているのが対話型AIエージェント群の「AURA(オーラ)」だ。3D CADソフトウェア「SolidWorks」に組み込んで利用できる。

 AURAについてクマー氏は「経験豊富なガイドやオペレーターのようなインタフェースであり知能であり、新しいアイデアの生成と、そのテストを支援する」と説明し「バーチャル・コンパニオン」と呼ぶ。

 AURAはまず、ダッソーが長年蓄積してきた産業向けの知識基盤(コーパス)を学習している。「SolidWorksが持つベストプラクティスやヘルプドキュメント、世界に37万社ある顧客の声から得られたもの」(クマー氏)だ。

 そのうえで、アイデアや課題といった利用企業独自の暗黙知を学習することで「これまで設計者の頭の中にしか存在しなかった設計思想や、組織の壁に阻まれて活用されてこなかった知見の再利用を可能にし、誰もが企業の叡智であるIPにアクセスできるようになる」(同)とする。

 例えば、設計者はAURAに「軽量でありながら、衝撃に耐えられる自転車のフレームをデザインしてほしい」と語りかければAURAは、過去の設計資産や素材データ、シミュレーション結果、バーチャルツインに組み込まれた物理法則や製造制約を参照し、複数の設計案を3Dモデルとして生成するという。

 さらに、複数の部品を生成した後に「これらの部品からアセンブリ(組立品)を生成できますか」と問えば「部品同士の位置関係や結合方法までを理解し、組み立てやすさやメンテナンス性をも考慮した構造や配置を生成し提案する」(クマー氏)としている。

 設計プロセスにおける規制対応などの確認作業もAURAが支援する。「各国の複雑な規制要件を学習することで、設計案が各種規制に準拠しているかのチェックや、製造コストの試算、CNC(Computerized Numerical Control:コンピューターによる数値制御)加工に最適なツールパスの作成などが可能になる」(クマー氏)

 自然言語による指示だけでなく、部品の実物写真や設計者のラフスケッチなどから意図を読み取り「隣接する部品の形状に合わせて、この面は平行であるべきだ」などを判断し「設計変更やシミュレーションが可能な幾何学的な拘束条件を付与することもできる」(クマー氏)という。

設計図などのデータがIPになり知識経済の“通貨“になる

 AURAが広義のIPを学習するとなれば、そのセキュリティへの不安が高まる。これに対しクマー氏は「「設計データや実験結果、製造ノウハウといった企業の競争力の源泉となるIPは、各社に閉じた環境内でのみ利用する」と説明する。具体的には同社の製造業向けクラウド「3DEXPERIENCE」上で保護するという。

 ダロズ氏は「今後、1人ひとりが生成AIを使って作成する設計図などの各種データは、各社のIPであり、新しい知識経済の“通貨”になる」と力を込める。確かに、産業社会が蓄積してきた膨大な知識や熟練者の暗黙知が生成AI技術によって広義のIPになる可能性は高い。そのIPをAIモデルが学習し、再利用できれば、各社は、より持続可能性の高いブランド価値をデザインを通じて確立できるのかもしれない。