• News
  • サービス

システム開発は全工程の自動化を図るAIネイティブ型開発へ、生産性20倍がIT業界に与える衝撃

田中 克己(IT産業ジャーナリスト)
2025年11月18日

個別最適から全行程を自動化する「AIネイティブ開発型」の時代に

 これら日本のシステムインテグレーターより生成AI技術の活用に積極的なのが日本IBMである。プロジェクトへの適用率は25年度下期から26年度上期で67%、26年度末には100%にする計画だ。

 コンサルティング事業本部技術戦略&変革テクニカル・リーダーシップチーム担当の早川 勝 氏は「要件定義から運用にまで活用し、詳細設計から単体テストまで最大30%の効果がみえてきた。難易度が高いホスト系に注力し、ブラックボックス化したCOBOLを可視化するなどにも取り組んでいる」と話す。

 日本IBM AI Lab Officeの岡田 拓也 氏は「コード生成などを支援する『watsonx Code Assistant』からタスク生成機能などを備えた『Project Bob(開発コード名)』に切り替えることで、さらなる向上を図れる。これらツールは利用企業にも提供する」とする。

 日本IBMのような取り組みをガートナーは「AIネイティブ型開発」と呼び「これまでのAI拡張型開発からの移行が進む」(関谷氏)と指摘する。AI拡張型開発とはウォータホール型の開発プロセスにおいて「コーディングはこのツール、テストはこのツール」などと各工程に最適な生成AIツールを利用し、効率や生産性を高める取り組みだ。

 だが、この方法による生産性向上には限界がある。その解決策の1つが、設計から開発、テストまでを自動化するAIネイティブ開発型だ。「人が目標をAIツールに与えて監督し、生成結果を評価する。人が要件を定義すれば自動工場がシステムを作り上げるという、人とAIが協調しながら役割分担する仕組み」(関谷氏)になる。そのためのエージェント型ツールも次々に開発されている。

 NTTデータも生産性の70%向上を目標に、システム開発における上流から下流工程まで生成AI技術の適用範囲を広げる。ただ市川氏は「勤怠管理などの業務アプリケーションは数分で作れるだろうが、大規模システムに適用するには品質保証などクリアする課題がある」と指摘する。NECの曽小川氏も「要件を入れるだけでシステムが生成される完全自律型は今の技術では難しい」という。

 そのためAIネイティブ開発型は目下のところ「業務要件が複雑ではない小規模システムに適用できる段階」(関谷氏)という。ガートナーの予測では、小規模チームがAIネイティブ開発型でシステム開発に取り組む割合は2030年に80%になる。ただし関谷氏個人は「日本はもう少し先になるだろう」とみる。

生成AI技術による生産性向上が業界構造を揺るがす

 AIネイティブ開発型の課題は、生成AI技術で生成したコードの信頼性にある。セキュリティの脆弱性や保守性にも課題がある。関谷氏は「最後は人がチェックすることになる。それが大きなボトルネックになり作業時間が2倍、3倍に膨れ上がり、結果的に生産性は30%程度の向上に落ち着いてしまう。米国では『生成AI活用の限界』が言われ始め、幻滅期に入りつつある」と話す。

 それを乗り越えるには「開発方法を抜本的に変える。やり方を変えなければ、大幅な生産性向上は難しい」と関谷氏は指摘する。NECの曽小川氏は「AIシステムが読んで理解できるようにドキュメントを整備するなど、効果が出る事前準備が必要になる」とする。例えば、Excelに書かれた設計書においてプロジェクトごとに異なる項目や書き方などを見直す。日本IBMの早川氏も「AIシステムが読みやすいドキュメントに整備する必要がある」と同意見である。

 生成AI技術活用は新たな課題も生み出す。1つは、次々に開発される新しいツールや機能に対応することだ。その理由をNECの曽小川氏は「ツールをころころ変えると活用ノウハウなどが貯まらないからだ」と説明する。そのためNECでは「開発工程やテスト工程などに使っているツールの機能拡張を期待し、それに合わせて全工程に適用していく。より効果を高められるよう独自技術の開発にも着手する」(同)

 もう1つはシステム開発事業での料金設定である。AIネイティブ開発型では、開発期間が短くなり、人月ベースでは1つのプロジェクトから得られる収益が減る。案件獲得を巡る価格競争の激化も予測される。人月単位が人日単位などに変われば「生産性が何%向上という指標は適切なのか。例えば成果型への転換が求められるかもしれない」とNTTデータの市川氏は話す。

 生産性の大幅な向上は、雇用への影響も懸念される。米テック企業のレイオフが25年に10万人を超えるとの報道もある。ニューヨーク連邦準備銀行のレポートは「ITエンジニアの失業率が平均を2~3ポイント上回り、人気の高かったコンピューターサイエンスを学んだ学生の就職が厳しくなっている」とする。

 ただ、今回取材した日本のシステムインテグレーターは「旺盛なIT需要とIT人材不足に直面しており、削減よりむしろ増員を図る」と口を揃える。そうした状況は、いつまで続くのだろうか。

 実際、生成AI技術はコーディングの生産性向上に大きな効果を上げており、そこに注力する受託開発会社は厳しい状況になりつつある。あるインテグレーターは「『Javaが得意』というだけの協力会社は不要になる」とする。ITエンジニアに求められるスキルもAI技術を活かす上流へシフトしていくだろう。AIネイティブ開発型が当たり前になる5年後、10年後の姿を描き、開発や組織の体制、人材育成の改革には一日も早く取り組み始める必要がある。

田中 克己(たなか・かつみ)

IT産業ジャーナリスト 兼 一般社団法人ITビジネス研究会代表理事。日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任。2010年1月にフリーのIT産業ジャーナリストに。2004〜2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。2012年10月からITビジネス研究会代表理事も務める。40年にわたりIT産業の動向をウォッチしている。主な著書に『IT産業崩壊の危機』『IT産業再生の針路』(日経BP社)、『2020年 ITがひろげる未来の可能性』(日経BPコンサルティング、監修)などがある。