• News
  • 共通

【VIVATECH 2026】フランスとインドが進めるスタートアップ育成策の成果

「技術主権」と「デジタル民主化」を推進

宇江山 貴紀(ジャーナリスト)
2026年7月9日

インド:圧倒的なスケールとスケールで社会実装を推進

 フランスが技術主権と自立を目指す一方で、圧倒的なスケールとスピードでテクノロジーの実社会への実装を進めているのがインドである。2022年のVIVATECHでは初の「カントリー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれてもいる。そして今回、史上初の「AIカントリー・パートナー」として帰還。ナレンドラ・モディ首相自らが代表団を率い、インド・ニューデリーで開催された「AIサミット」の熱気をそのままパリに持ち込んだ(写真3)。

写真3:「VIVATECH 2026」のメインステージで講演するインドのモディ首相(写真提供:VivaTech 2026)

 「人類のためのテクノロジー」というテーマを掲げたモディ首相は、テクノロジーのあり方について次のように演説した。

 「テクノロジーは、民主化されて初めて進歩へとつながる。この破壊的変革の時代において、テクノロジーは全ての人に恩恵をもたらすものでなければならないとインドは信じている。AI(人工知能)技術を例に取れば、AI技術は生活を向上させ、幅広いアクセスを推進し、成長を牽引し、さらに健康な地球を維持する助けとなるべきだ」

 インド政府によるイノベーション推進策が他国と一線を画すのは、政府がまず強固な「デジタル公共インフラ(DPI:Digital Public Infrastructure)」を構築し、それを土台に民間企業やスタートアップが新たなサービスを生み出している点にある。8億人以上のインターネットユーザーを抱えるインドのDPIは世界最大級だ。

 DPIの代表格が「統合決済インターフェース(UPI:Unified Payments Interface)」である。世界のリアルタイムデジタル決済の半数が実行されるまでに成長したインドのUPIは現在、フランスのパリ空港やエッフェル塔でも利用できる。またデジタル文書ウォレット「DigiLocker(デジロッカー)」は7億人のユーザーに対し、2000種以上の標準文書を提供し、物理的な書類保管の概念を覆した。

 物理的なインフラ整備や地方創生においても、政府のプラットフォームが重要な役割を果たしている。1600以上の地理データレイヤーを単一マップに統合した「GatiShakti(ガティシャクティ)」は、それまで数カ月を要していたインフラ計画を数週間にまで短縮させた。

 さらに、ドローンや空間マッピング技術を駆使する「SVAMITVA(スヴァミトヴァ)」プログラムでは、約20万の村落で3100万枚以上の財産カードを発行。農村部の住民が自身の不動産を金融資産として活用できるようにした。

500億ドルを投資しビジネス環境の規制緩和と簡素化を推進

 政府主導のプラットフォーム基盤が存在することで、そこに新たなサービスやスタートアップが爆発的に生まれる「イノベーションの連鎖」が起きている。データやインフラへのアクセスが民主化されることで、起業家たちはゼロからシステムを構築する必要がなくなり、社会課題の解決に直結するアプリケーション層の開発に専念できる。

 例えば、「Sarla(サルラ)」と呼ばれるAIサービスでは、数百万人の女性酪農家に対し、それぞれの母国語による家畜の健康管理に関する専門的な助言を提供している。ドローンパイロットとして育成された女性たちが農村部で肥料散布や作物の監視を担い、人工衛星データが漁師に最適な漁場を提示して燃料節約と漁獲量向上を後押しするなど、一次産業の現場で草の根レベルの繁栄を実現している。

 いずれも、国のオープンなインフラ網とデータ基盤という強固な土台があってこそ成立するビジネスモデルである。

 社会実装の強力なエンジンになっているのが、20万社以上のスタートアップエコシステムだ。インドは宇宙分野でも月の南極付近への着陸を果たしたり、次世代高速増殖炉が臨界に達したりと、人類の能力のフロンティアを拡大し続けている。

 さらなる成長を後押しするためインド政府は、ビジネス環境の規制緩和と簡素化を推し進めている。イノベーションから商業化までを対象に、民間企業に500億ドルのターゲット型インセンティブを提供し、世界で最も安価なデータ通信と低コストのグリーンエネルギーを供給している。モディ首相はVIVATECHの会場に集まった世界のトップリーダーや投資家に向けて、次のように呼びかけた。

 「我々のアプローチは明確だ。政府が環境を整備し、産業界がイノベーションを起こす。スタートアップが破壊的変革をもたらし、グローバルパートナーが我々と共にスケールアップする。一緒に、これまでになく速く進んでいこう」

スタートアップ政策が外交戦略の核心にも

 こうした両国のダイナミズムは、相互の連携強化へと結実している。2026年初頭には、歴史的な「インド・EU自由貿易協定」が締結され、貿易や投資、人材交流の道が大きく開かれた。さらに2026年を「インド・フランス・イノベーションの年」に位置付け、フランスがインドと欧州のテックエコシステムを結ぶ強固な架け橋の役割を担い、連日新たなパートナーシップが結ばれている。

 VIVATECHでは、こうした政府の戦略的投資とエコシステムの成熟を背景に、サイバーセキュリティや宇宙開発、グリーンテックといった領域で、国家の重要課題を解決し得る次世代のディープテック企業群が確かな存在感を示した。

 ビッグテックへの依存から脱却し、自国の技術主権を回復するための推進力としてスタートアップを活用するフランス。公共インフラという巨大な土台を提供し、社会課題の解決と経済成長を同時に実現する起業家を後押しするインド。VIVATECH 2026は、スタートアップ政策が単なる経済振興の枠を超え、国家のインフラ構築や安全保障、そして外交戦略の核心に据えられる時代が幕を開けたことを世界に示した。