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【VivaTech 2026】巨大AIに飲み込まれるな、ティム・バーナーズ=リー氏とヤン・ルカン氏が鳴らす警鐘

宇江山 貴紀(ジャーナリスト)
2026年7月13日

仏パリで開かれた欧州最大級のスタートアップ関連イベント「VivaTech(ビバテック)2026」(2026年6月17日〜20日)に、デジタル社会の礎を築いた2人のレジェンドが登壇し、生成AI(人工知能)技術の普及の裏側で起こる、データの寡占や情報の独占への警鐘を鳴らした。どんな危機が迫り、対抗策はあるのだろうか。

 欧州最大級のスタートアップ関連イベント「VivaTech(ビバテック)2026」に登壇したデジタル社会のレジェンドの1人はWebを考案した、ティム・バーナーズ=リー氏だ(写真1の左)。同氏は今「巨大AI(人工知能)に吸い上げられる『個人のデータ主権』の奪還」を提唱している。

写真1:個人の「データ主権」奪還を提唱するティム・バーナーズ=リー氏 (左)と、オープンな連帯による「AI主権」の確立を訴えるヤン・ルカン氏(写真提供:VivaTech 2026)

 もう1人のレジェンドはAI技術のパイオニアであるヤン・ルカン氏だ(写真1の右)。同氏は、現在の主流であるLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)の限界を突き「OSS(Open Source Software)を通じた多様な『AI主権(ソブリンAI)』の確立」を訴える。

 両者の眼差しは共通している。ブラックボックス化したAI技術による世界観の画一化と、既存企業から顧客接点を奪うビジネスの形骸化を防ぎ、個人の尊厳と世界の多様性を守り抜くという決意である。AI時代の“信頼と主権”の再構築に向けて、巨大なITプラットフォーム上でビジネス展開する全ての企業に、自らの立ち位置の根本的な問い直しを迫っている。

巨大AIが個人の“記憶”を飲み込み顧客接点を奪う

 生成AI技術の広がりで我々は、LLMに日常的に多くの言葉を打ち込んでいる。その行為が「知らず知らずのうちに静かな脅威を生み出している」とバーナーズ=リー氏は指摘する。検索エンジンへの単語の入力とは違い、家族の名前から数時間後の通院予定まで「極めて個人的なコンテキストを投げ込むことで、巨大なAIシステムは我々の“記憶”を飲み込み始めている」(同)という。

 こうした現状をバーナーズ=リー氏は「国家レベルのマクロな主権だけでなく『個人の主権』が喪失する危機に直面している」とする。それは「既存の事業会社にとってビジネスモデルの崩壊につながる」(同)ともいう。

 例えば銀行の顧客が、融資の相談や与信スコアをLLMに直接打ち込むようになれば「顧客へのアドバイス」という最も付加価値の高い領域をAIシステムに奪われ、既存企業は決済や配送を担うだけの「バックエンドインフラ」へと転落してしまう。つまり、巨大なAIシステムによって企業と顧客の直接的な結び付きが“中抜き(ディスインターメディエーション)”され、単なる下請けにされてしまうのだ。

 このシナリオへのカウンターとして、バーナーズ=リー氏らが投入したのがAIエージェントの「Charlie(チャーリー)」である。LLMにデータを入力する際に、個人を特定する情報を検知・削除するとともに「ジッター(揺らぎ)」と呼ぶ技術でデータをあいまいにする。誕生日の日付をずらしたり資産残高にノイズを混ぜたりすることで「AIシステムから有用な回答を引き出しつつ、正確なデータがAIシステムの“記憶”として永遠に保存されるのを防ぐ」(バーナーズ=リー氏)

「LLMが超知能に至る」は幻想、オープンな連帯で「AI主権」を死守する

 一方のルカン氏は、業界が発信する「LLMをスケールアップさせれば超知能に至る」というメッセージを「LLMピルだ」と一刀両断する。「LLMは記号の確率的な予測には天才的だが、物理的な現実世界を理解し、次の一手を計画する真の知能には到達し得ない」(同)からだ。この限界を“カエル跳び”で飛び越えるためにルカン氏は、非生成型の新アーキテクチャー「JEPA」を開発する新会社を立ち上げた。

 そのルカン氏が何よりも危惧するのは「西海岸の少数の巨大テック企業によって世界中の“情報摂取”が支配される未来」である。AIシステムには、その設計上、不可避なバイアスが存在する。もし全人類が少数のAIアシスタントに依存すれば「世界の多様な文化や民主主義は均質化され、窒息してしまうだろう」(同氏)とみる。

 ただ一方で、一部の企業が「AIは危険だ」と叫び技術を非公開にしようとする動きに対しては、15世紀に活版印刷を弾圧しようとした「中世の蒙昧主義」になぞらえ、激しく指弾もする。

 この情報支配を打ち破るためにルカン氏が進めるのが、国際連帯を目指す「プロジェクト・タペストリー」だ。各国の政府や企業が、自国のデータを外部に漏らすことなく「連合学習」により共通の基盤モデルを整備。そのオープンな土台の上に、各国の言語や文化、価値観に根ざした独自のAIアシスタントを開発する。これにより「特定の企業や国家に依存しない真の“AI主権”を確立する」(ルカン氏)

顧客のデータ主権を守ることが事業会社の最大の武器に

 2人のレジェンドによる指摘は、巨大IT企業のプラットフォーム上でビジネスを展開する日本の事業会社に、極めて重い問いを突きつけている。利便性の波に乗り、自社の顧客データを無防備に巨大AIへ差し出すことは、近い将来に顧客接点を喪失し、裏方へと追いやられるビジネスの形骸化を意味する。日本企業は今なすべきは、明確な正解がない中でも大まかな方向性を探り当てる「ウェイファインダー(経路探索者)」として覚悟を決めることだろう。

 日本でも独自のAIモデルを開発しようという動きはある。だが、単に国産モデルを作るだけでは不十分だ。バーナーズ=リー氏は「自らを顧客のデータ主権を守り抜く『トラステッド・エンティティ(信頼される主体)』」へと再定義しなければならない」とする。「お金を安全に預かるように『あなたのデータ主権も我々が安全に守る』という新たな約束こそが最大の武器になる」(同)というわけだ。

 最先端のプライバシー保護技術を貪欲に取り込み、顧客の信頼を確固たる盾に、AIシステムに顧客接点を奪われる事態を防ぐと同時に、OSSの国際的な連帯に参画し、日本の多様な価値観を反映した「AI主権」の構築に貢献する。こうした技術的構想力と行動のスピードこそが、AI資本主義の荒波の中で企業が生き残るための唯一絶対の条件になるのだろう。