• Talk
  • 製造

デジタル時代の経営戦略、ブラザー工業、日清紡の経営トップが挙げる経営判断に不可欠なデータとは

「EXECUTIVE AGENDA 2019」パネルディスカッションより

指田 昌夫(フリーランス ライター)
2019年7月30日

変革する価値観と守るべき価値観を見極める

――企業買収では特に、買収後のPMI(Post Merger Integration)が重要とされる。企業風土が異なる企業の融合に向けて、経営者が果たすべき役割は。

村上  確かに、馴染むまでには時間はかかる。だが、長い時間がかかってもトップ自らが言い続けることが大事だ。違う考え方が新しく加わってきたときに、それがいいものであれば、従来の価値観、風土は感化され縮小していく。それが自然の流れである。その流れができるように、まずは多様性を受け入れること。時間をかけて地道に浸透を図ること。それが経営者がなすすべきことだ。

小池  M&Aに限らず、中途採用や配置転換など、従業員の役割が変化しても、モチベーションを維持して働き続けてもらうことが重要だと語り続ける必要がある。私が社内ブログで自ら14年間、1000回を超える書き込みを続けているのも、従業員に会社が向かっている方向を知ってもらう手段の1つだからだ。

――データの時代だと言われている。さまざまな経営判断を下すのに重要なデータは何か。

小池  ブラザーの製品が最終ユーザーに本当にどこまで届いているか--。それを知るためのデータを特に気にしている。

 かつては、製品の納入先に在庫を積み上げれば売り上げと利益が得られた。結果、毎月、月末が忙しく月が開ければ暇になるという旧態依然のビジネスをしていた。あるとき販売店から「データを提供するから、うちに余分な在庫を持たせず、しかも在庫を切らさないように調整してくれ」と言われた。以後、本当に製品が最終ユーザーに売れているかどうかを基準にするようになった。

 そうした販売データを重視するようになったことで、リーマンショック時も実需の把握をもとに生産と在庫を調整できるなど、市場が混乱する中でのシェア拡大につながった。

村上  利益率のデータ、在庫のデータ、製品不良のデータは当然チェックするが、そのほかに「安全のデータ」を特に意識して見ることにしている。安全面がしっかりしていないと、不良率も悪化するし在庫も増えて利益率も悪化するなど、すべてのデータが悪循環を始めるためである。

 同じ意味で、はっきりとした事故と呼ばれるものだけでなく、いわゆる“ヒヤリハット”の報告を注視している。階段を踏み外した程度の小さなことでも、全部つぶしていく。モノづくりは環境整備から始まると思っている。

製造業としての顧客視点でのデータ活用を模索

――所有から利用へとビジネス環境が変化している中、製造業としてどう立ち向かうか。

村上  ビジネスを置き換えるということでなく、アドオンしていくようなイメージで考えている。当社は無線通信のビジネスを手掛けており船舶無線などに強みを持っている。船舶の移動状況を示すデータなどをうまく活用していきたい。

 一方で製造業であるから、製造現場からもデータが取れている。世に出回っているデータとは全く違うルートから集められるデータのポテンシャルを生かして、新しいビジネスができないかを検討している。

小池  これまでのように、不特定多数に対してビジネスをしていくことには限界を感じている。それよりも狙った少数の顧客と定期的に取引させていただく方向を目指している。

 たとえば、ペットボトルの工場で稼働しているプリンターが故障して止まれば、工場からペットボトルが出荷できない。そうならないように万全の体制とシステムを作り上げる。それで信頼を得て、次の会社にも広げていく。1社ずつ、パイプラインを増やしていくことで経営としても安定していく。

宮原  今後の成長に向けたデータ活用のポイントは顧客視点だ。そこに向けて、10年先、20年先にどうなるのかを見据えて検討するチームを作る必要がある。それをサポートするのが経営者の役割だ。検討チームは業務外で新しいことをやるので、全社の理解を得るのが難しい場合もある。だからこそ経営者のサポートが欠かせない。

――デジタルトランスフォーメーション(DX)には、どう取り組んでいるか。

小池  デジタル化を遂行すること自体はこれまでもやってきた。だがブラザーの優位性は、プリンターや工業用ミシンなど、デジタルとメカ部品のアナログ技術の融合部分に存在する。そこにメーカーとしての強みが残せるようにデジタルを活用していく。

村上  IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の領域では、まさにデジタルの力を生かしている。多角化している事業全体において集まりつつあるデータをすべて分析していくのはこれからだ。AI(人工知能)の活用なども積極的に検討している。今まさに、どういう事業でデータ分析が、どう役に立つのかを各部門から募っているところだ。