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製鉄所の生産計画立案を変革、日本製鉄×NSSOLが挑む熟練者業務のDX

数理最適化技術で製鋼工程の生産計画を数分で立案可能に

2024年9月24日

業務知見抜きには“組み合わせ最適化”は困難!?

前久 景星(以下、前久) :日本製鉄 インテリジェントアルゴリズム研究センター 主任研究員の前久 景星です(写真6)。グループの考え方も熟練技術者の暗黙知に含まれていました。熟練技術者の暗黙知は丁度、将棋や囲碁の世界における“定石”のようなものです。熟練技術者は、業務知見から「この条件は、そもそも考えなくていい」といった定石を活用しながら判断を下しているのです。そうした業務知見のアルゴリズムへの落とし込みは、最新技術の取り込みと同様、あるいは、それ以上に実用的なシステムを開発するうえで鍵を握る活動だと言えます。

写真6:日本製鉄 技術開発本部 プロセス研究所 インテリジェントアルゴリズム研究センター 主任研究員の前久 景星 氏

──システム化による成果を、どのように評価していますか。

河井田 :生産計画の立案業務に要する時間が、従来の8時間前後から2時間程度にまで短縮できました。ただ、システム化の意義は時間の短縮の一言では到底言い表せず、当社経営における“守り”と“攻め”の双方に大きな変化を生み出し始めています。

 例えば、製鋼の生産計画を立てるのは週に1度ですが、実際には、計画を一度立てれば終わりではなく、日々の進捗を確認しながら見直すことは少なくありません。ただ、生産計画は前後工程への作業指示でもあり、その生産量の大きさから一度決めた計画の見直しは、ほぼ不可能でした。それが計画時間の短縮により、これまでは時間的な制約から困難と考えられてきた前後工程も含めた生産計画の見直しが現実味を帯びてきています。

森田 :システム化による時間短縮により生産計画を立案できる頻度が高まれば、計画の実行精度は当然高まり、下流工程において「どのスラブが、いつ、どれだけ届くか」をより正確に予測可能になります。その予測に対し下流工程から、各現場の生産状況を踏まえたフィードバックを受ければ、フィードバックへの対応を含めた再計算によって、生産計画は、より現実的なものになり、全体としての生産効率にも良い影響が期待できます。

 上流工程に対しても、例えば本社が各製鉄所に生産を割り当てる前段階で製鋼の生産計画を幾度かシミュレーションすれば、製鋼工程におけるスケジュール面でのリスクの察知などにも役立てられます。

生産計画をQCD(品質、価格、納期)の指標による評価可能に

河井田 :成果として特に強調したいのが“誰でも、いつでも、数分以内に”計画を立案できるようになったことです。先に説明したように製鋼の生産計画は、前後の工程への指示書でもあります。それだけに計画立案者には、自身の計画の正しさについて、必要に応じて工場長をも説得できるだけの能力が求められます。それ故、上流工程も下流工程も知り尽くした熟練技術者でなければ、計画立案には当たれなかったのです。

 新システムでは、生産計画を評価するためにQCD(品質、価格、納期)を軸にした指標を出力できるようにもなっています。品質重視の計画だとこうで、納期を優先すればこうなるといった比較も可能です。熟練技術者の暗黙知による計画では、指標による比較はできず、計画立案者による計画の違いも“個性”といった理解に留まらざるを得ませんでした。

 現在では、熟練技術者が作成した計画の評価レベルを上回る水準で、誰もが数分もかけずに立案できるまでに計画の精度も高まってきています。

──システム化で熟練技術者が不要になることには現場の抵抗も大きかったのではないですか。

河井田 :実は、プロトタイプ開発の段階からプロジェクトには、熟練技術者の1人が参加していました。定年退職も視野に入る中、自身の経験や知識のすべてを残したいという本人のたっての希望によるものです。プロトタイプ当初は、自らが設計したシステムがなかなか思うような計画を作成できず、苦労も重ねたと思います。彼の存在が、暗黙知の形式知化を可能にし、計画精度も確実に高められましたし、現場へのシステム導入の推進役にもなってくれました。

他製鉄所への横展開と変化に追従し続けられる環境の実現を進める

──業務改善対象として最も影響が大きい製鋼工程のシステム化ができた今、今後は何に取り組みますか。

枚田 :1つは、出鋼スケジューリングシステムの横展開です。日本製鉄では「BPM(Best Practice Model)」というコンセプトを掲げ、複数の製鉄所への同一システムの導入を進めています。従来は、製鉄所ごとに異なる設備に合わせてシステムも個別に導入してきました。今後は、システムの抽象度を高め、有効なシステムは複数の製鉄所に展開する計画です。システムの品質をより高めるために、よりきめ細かくデータを収集できる仕組みも整備していきます。

 もう1つは、環境の変化に対応し続けられるシステム環境の実現です。生産する製品の変化や市況の変化などに合わせて、システムが都度の状況にフィットした計画を立案できる仕組みに変えていく必要があると考えています。当社では「精度維持管理」と呼んでいる取り組みです。

森田 :そのためにはNSSOLとは、これまで以上に協力体制を築く必要があります。今回のシステム構築では、プロトタイプの開発以前から、NSSOLのシステム研究開発センターの参画があってこそ実現したと言えます。今も、インテリジェントアルゴリズム研究センターへの人的支援やシステムの品質向上への支援などを受けています。

 今後の精度維持管理に向けて、システム開発だけでなく、システムの運用を含めたノウハウも重要になってきます。そこでは数理最適化などの専門人材だけでなく、一般的なSE(システムエンジニア)も最適化に取り組めるようにな人材育成にも期待しています。

山本 :DXを実現するためのシステムは、最先端の技術だけでは成り立ちません。今回のような生産計画を立案するシステムは、現場で使いこなし業務定着を図ること自体が容易ではありません。実用レベルの計画精度を実現するには、現場の業務知見をどれだけシステムに反映できるかが鍵を握ります。

 加えて、システムを長く活用していくには、変化にいち早く追従し価値を提供し続けるための仕組みが必要です。精度維持管理の取り組みを通じ、現場とも協力しつつ、システムが最大限の効果を発揮できるよう、技術面、人材面を含めた幅広い協力関係を築いていきたいと考えています。DXの実現には、技術力と強固な協力体制の両面が不可欠です。それを実行できることがNSSOLの強みであり、使命でもあると考えています。

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