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キユーピーが自社開発したAIを競合他社にも提供する理由
各社が自社開発すれば“エンジニアの数”の競争に陥る
さらに荻野氏はAI開発に当たり新たなスキームを採り入れた。オープンイノベーション(共創)である。そこに至った理由を荻野氏は、こう説明する。
「国内に食品メーカーは約5万社ある。各社それぞれがAIベンダーとソリューションを開発しているが、1社がAIの仕組みを10システム作るとき、1システムに5人のAIエンジニアが必要だとすれば、5万社なら250万人のAIエンジニアが必要になる。このスキームでは人口が多い国が勝つことになる」
キユーピーにもAIエンジニアはいない。そこで荻野氏が考えたのが「本当にAIシステムを導入したいユーザーと、そのソリューションを本気で作りたい人が一緒になって開発し、それを他の食品メーカーに横展開していく」というスキーム。「これが共創の本来あるべき姿だ。このスキームなら250万人必要なAIエンジニアが5人ですむ」(同)。
原料検査装置の開発ではAIエンジンとして、米Googleが開発した機械学習エンジン「Tensorflow」を「直感で選んだ」(荻野氏)。そこで「AIプラットフォームはグーグル、AIの応用技術開発はブレインパッド、アプリケーション開発は日立製作所など、志に共感する人達および合計40社の人たちの協力の下、開発を進めた」(荻野氏)。
プロトタイプは、ポンチ絵を描いてから約2カ月で完成した。「いい人たちが集まったことでプロトタイプは早くできあがった。だが甘かった」と荻野氏は振り返る。現場への導入に時間を要したからだ。
完成した検査装置は、まず鳥栖工場(佐賀県)に導入ようとした。だが「現場には、すんなりと受け入れられなかった。加工場に入れるのにも半年かかった」と荻野氏は苦笑する。導入後も現場からは「無数のダメ出しが出た。だが、それらを解決しようと取り組んでいると、現場の人たちが知恵を出してくれるようになった」(同)。
加工場への導入から半年後に最終チェックを実施し、2018年8月からベビーフードで使用する冷凍の角切りポテトや角切りニンジンの検査装置として本格運用を開始した。「うまく導入できたのは、現場との信頼によるもの」と荻野氏は強調する。さらに現場からは「現場の意見を取り入れた装置。自信を持って薦めたいとの声が届いている」(同)という。
同業他社にも提供しながら機能強化を継続
事前に設定した3つのゴールも達成した。「価格は従来装置の10分の1で、ほぼ100%の検査精度を実現した。世界一といっても過言ではない」と荻野氏は胸を張る。専門のエンジニアは不要で、「ITに明るくはない検査担当者でも10分で操作を覚えられた」(同)。
同装置は2020年2月時点で、鳥栖工場と富士吉田工場(山梨県)のほか、グループ企業のデリア食品とサラダクラブに導入されている。その成果が評価され「IT Japan Award 準グランプリ」(主催:日経コンピュータ)や「ディープラーニングビジネス活用アワード大賞」(同:日経クロストレンドと日経xTECH)を受賞。2020年2月には内閣府が実施する「第2回 日本オープンイノベーション大賞」で農林水産大臣賞を受賞した。
同装置は現在、グループ内だけでなく、商社を通じて原料メーカーや食品メーカーなどに提供しているという。「周囲からは『食品メーカーなのに設備メーカーのようなことをやっている』と言われることもある」(荻野氏)。だが荻野氏は「装置販売で利益を追求する考えはない」と言い切る。「原料の安心・安全を世界へという“志”に従って行動しているだけ」(同)だからだ。
AI原料検査装置は今も、さまざまな原料に対応していくための改善・改良が続けられている。検査精度を高めるために、「水に濡れても反射しない照明を作ったり、野菜の中にいる虫を見つけたりする技術にもチャレンジしている」(荻野氏)。現在は「4センチメートル程度の虫を見つけられる可能性を見出した。最終的には1センチメートル程度の虫まで見つけられるようにしたい」(同)考えだ。
2018年秋にはクラウド上にデータを高速に並列学習しベストなモデルを自動生成する仕組みも作成し、装置提供の際に活用している。これも「キユーピー以外の食品メーカーに装置を使ってもらうため」(荻野氏)である。
オープンイノベーションで業界の課題解決に貢献したい
2020年、キユーピーの長南 収社長は念頭挨拶で「業界の課題解決に貢献していく」と表明した。ただ、その前提は、同社がAI開発スキームで採り入れたオープンイノベーション(共創)になる。検査装置など業界の課題を解決する装置には、さまざまな技術が必要であり「得意な技術を持つ企業が集まることで作り上げられる」(荻野氏)からだ。
その一環としてキユーピーは2019年10月、経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が立ち上げた「ロボット実装モデル構築推進タスクフォース」にも参画した。
キユーピー自身は社内公募制度を整備し推進する。「AI導入においては、ビジョンに共感した人が手を挙げ、志を同じくする人が覚悟を持って実行していく必要がある」(荻野氏)ためである。荻野氏は「こうした志は当社社員だけではなく、イノベーションに共に取り組むパートナーにも求められる」と強調する。
「ブランドの差別化領域では思いきり戦う。だが安全・安心などの協調領域では競合を含め、みんなで助け合う。まさしく『One for All、All for one(一人がみんなのために、みんなが1つのゴールのために)』の精神でAIイノベーションに取り組んでいく」と荻野氏は力を込めた。
キユーピーが仕掛けるオープンイノベーションが業界をどう変えていくのかが注目される。
企業/組織名 | キユーピー |
業種 | 製造 |
地域 | 東京都渋谷区(本社)、佐賀県鳥栖市(鳥栖工場)、山梨県富士吉田市(富士吉田工場)など |
課題 | イノベーションにより企業価値を強化し、より良い顧客価値を創造したい |
解決の仕組み | AIを活用し現場のイノベーションを起こす。そのためにAI人材の不足を補うため業界を含めた取り組みにする |
推進母体/体制 | キユーピー、Google、日立製作所などのパートナー企業 |
活用しているデータ | 食材の正しい状態のデータなど(食材の品質検査の場合) |
採用している製品/サービス/技術 | 機械学習エンジン「Tensorflow」(米Google製)など |
稼働時期 | 2018年8月(鳥栖工場でのベビーフード用材料検査装置の場合) |