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キユーピーが自社開発したAIを競合他社にも提供する理由

中村 仁美(ITジャーナリスト)
2020年4月8日

調味料などを手がける食品メーカーのキユーピーがAI(人工知能)を使った生産改革に取り組んでいる。原材料に不良品がないかを判別するAIを自社開発し、国内4工場に導入したほか、他社にも提供する。同社生産本部 未来技術推進担当 部長の荻野 武 氏が、東京で2月に開催された「Manufacturing Japan Summit 2020」(主催:マーカスエバンズ)に登壇し、キユーピーのAI開発の取り組み姿勢などを説明した。

 「キユーピーはAI開発に『志』をもって取り組んでいる」――。同社生産本部 未来技術推進担当 部長の荻野 武 氏は、こう強調する。

写真1:キユーピー 生産本部 未来技術推進担当部長の荻野 武 氏

 荻野氏はAIを「知力の機械化」に位置づける。「人が持つ力は大きく知力と体力に分けられる。知力を機械化するのがAI、体力を機械化するのはロボット」(同)という理解だ。

 ただし人は、知力と体力だけで動くわけではない。「たとえば今日、体力があるから、この場にいる人はいないだろう。何らかの“思い”があるから、ここにいる。利他的な目的を持つ思いが『志』だ。機械化は図れないもので、AI導入においては非常に重要だ」と荻野氏は指摘する。

“現場力×AI”のイノベーションで顧客価値を創造する

 キユーピーがAIに取り組み始めたのは今から4年前の2016年のこと。荻野氏がキユーピーに日立製作所から転職した時期である。なぜ荻野氏はキユーピーでAI活用を進めるのか。その背景には、日本の企業競争力に対する大きな危機感がある。

 「設計者時代に所属した年商4000億円という日立の大規模工場には連日、世界中から見学者が訪れていた。それが1990年代に中国や韓国の追い上げを受け売り上げが激減し閉鎖になった。さらに年商約8000億円の工場も閉鎖になり、合計で1兆円超のビジネスが消えた。どんな企業も変革できなければ倒産する。そして本当の敵は国内の同業他社ではないことを学んだ」と荻野氏は語る。

 海外企業がAIの活用を進めるなか、日本企業のAI導入は、それほど進んでいない。これに対し荻野氏は「AIそのものが漠然としており、どこから手を付ければ良いのかがわからない。ROI(投資対効果)を明確にできず稟議を通しにくいなど、利用企業には悩みが多い」と分析する。「学術界でも統一した定義がないうえに、AIベンダーによる定義は、その範囲が非常に広く、AIのわかりづらさの元になっている」(荻野氏)ともいう。

 志を掲げるキユーピーにおけるAI活用の方針は「“現場力×AI”のイノベーションにより企業価値を強化し、より良い顧客価値を創造すること」(荻野氏)。「本来のイノベーションは、異種のモノを結合させて新しい価値を創造することだ。我々も現場力にAIを掛け合わせ、企業価値の向上にチャレンジする」(同)というわけだ。

 AIを掛け合わせる対象である“現場”は、受注から調達、生産、物流、販売までのサプライチェーンや、商品企画や研究・開発、生産技術、生産といったエンジニアリングチェーン、さらには企画や総務、人事、財務などのバックオフィス部門と幅広い。荻野氏は「最高の顧客価値は、いろいろな現場力で構成される。それぞれにAIを掛け合わせることが顧客価値を、より高める」と考える。

 2020年2月時点で、荻野氏が推進しているAIプロジェクトは43件ある。AI導入の専門チームはない。「AI導入に志を持つ人たちとプロジェクトを立ち上げ一緒に推進している」(荻野氏)のが特徴だ。

3つのゴールを定め原料検査装置の開発に取り組む

 そのキユーピーが最初に取り組んだAIプロジェクトは、AI原料検査装置の開発である。食品メーカーにとって原料は非常に重要な要素であり、「原料に不良品が入らないように高い精度で判定できる検査装置がほしいというニーズが高かった」(荻野氏)ためである。

 たとえば、ベビーフードの原料である角切りポテトには、少し変色したものが混じることがある。ただ「従来の検査装置では少しの変色では検知できなかった」(荻野氏)という。結果、人が目視で取り除いてきたが、「その作業は非常に大変で、しかもベテランしかできない作業」(同)だった。

 検査精度を高めるために高額な装置を導入するのも難しい。「食品メーカーの利益率は約6%と低い。しかもキユーピーの場合、3年間の営業キャッシュフローが約1150億円で、その9割に相当する1000億円が設備投資になっていた。設備費低減が重要課題になっていた」と荻野氏は話す。

 そこで荻野氏は、AI原料検査装置の開発に次の3つのゴールを定めた。

ゴール1 :低価格=現状使っている装置の10分の1以下
ゴール2 :高性能=世界一の性能
ゴール3 :シンプル&コンパクト=現場にエンジニアは不要で誰もが使える

 ゴールの達成に向け工夫したのが、「画像認識による不良品の判定方法」(荻野氏)だ。従来は不良品を見つけ出そうとしていたが、「今回開発したAIでは逆に良品を学習し、学習した良品に相当しないものはすべて不良とみなす方式を考案した」(同)のだ。

 異物混入を含め不良のパターンは無限にあり、そのすべてを登録するのは難しい。良品を学習する方法では「初回に設定するだけで、不良だけではなく、原料に混じっている種々の異物も除ける」(荻野氏)という。