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NSK、過去10年分の設備保全履歴をAIで伝承可能なノウハウに

指田 昌夫(フリーランス ライター)
2020年9月14日

故障対応の失敗例も共有可能に

 たとえば、修理履歴として「マグネットスイッチ接点不良のため、研削盤の砥石軸が回転しない状態。接点復活により復活」という記録があるとする。これをAIで解析し、設備や、発生部位、事象、原因、処置に分類し、それぞれを辞書に登録する。

 その後、別の工場で「研削盤の砥石軸が回転しない」という事象が発生した際に保全員は、タブレットからトラブルの内容を「研削盤 砥石軸 回転しない」など、現象をスペースで区切って入力すれば、状況別の辞書からPM-Aiが計算した「確信度」をもとに、推奨される対処法や同種のトラブルの経験者がリストアップされる。

 経験者をリストアップするのは、「検索結果を見るだけでも、故障原因を絞り込めるが、判断に迷ったときはリストされているベテランと現場の画像を共有し原因を究明する」(中澤氏)ためだ。

 PM-Aiに対する若手保全員の評価は、「保全対応で重視されるのが解決までのスピードだが、経験が少ないと対応に無駄な時間を費やしてしまう。PM-Aiを使えば過去10年以上の情報を検索でき、次にすべき作業がわかる。専門用語がわからないときも、写真やビデオで情報が共有できるのはありがたい」というものだ。

 ベテラン保全員は「故障対応の成功例だけでなく失敗対応も記録・共有できる点が効果的だと思う。今後、ツールやデバイスを使って自分たちの経験を記録することが技能伝承に役立てば嬉しい。海外を含む工場間での情報交換の場としても活用できればよい」と評価しているという。

 将来的には、「現場保全員がスマートグラスを使って保全情報を共有したり、チャットボットと会話しながら対処手順を進めたりできるようにしたい」(中澤氏)考えだ。

過去10年分の故障対応履歴がExcelに残っていた

 現場が高く評価するPM-Aiを実現できた理由として、中澤氏は次の3つを挙げる。1つは、「現場の保全員が長年にわたり愚直に修理記録を残しておいてくれたこと」(同)である。1工場で10年間分、10万件以上の記録がExcelデータとして記録されていた。

 そのデータはこれまで、閲覧しかできなかったが今回、AIによって活用できるようになった。「記録を残しておけば、いつか役に立つということを実感した。これからも記録を継続していきたい」と中澤氏は話す。

 2つ目は、IBMが提供する産業用資産管理システム「IBM Maximo」を使って、「設備台帳と修理記録をセットでデータベースに格納できたことだ」(中澤氏)という。このデータベースをWatsonに学習させることで、保全員からの問い合わせが工場全体のことなのか設備のことなのかなど基本的な保全知識が得られ、実際の修理履歴により正確に到達できるようになった。

 3つ目のポイントは、「修理履歴の理解ができるように工夫して辞書を作成したこと」(同)だった。修理履歴に出てくる言葉を「事象」「原因」「処置」などに分類しキーワードを付け、辞書を作成した。この辞書でWatsonに保全の知識を学習させることで「これまで活用できなかった言語データを含めて活用可能になった」(同)という。

 「結局のところPM-Aiの構築過程は、AIに対する知見や技術を深める作業ではなく、何も知らないWatsonという“初心者”に、設備メンテナンスの基本を1つひとつ教え込むようなものだった。情報を構造化・標準化し、Watsonが理解できる形にすることが最も重要だった。さらに、実際にWatsonを教育できるのは経験豊富な技術者だけだった」と中澤氏は話す。

 ただWatsonは、「最初は無知であっても一度教えたことは忘れない。何万件もの履歴データを分類し、問い合わせに対して瞬時に候補を抽出できる。かつ、グローバルに活用できるだけに、その効果は計り知れない」(中澤氏)ともいう。

AIだけで完結させず人と人をつなぎ合わせる

 今後については2つの方向性を見ている。1つはシステムの高度化だ。

 「現在のWatsonは、設備保全に関する用語の基礎を理解したところだ。これを発展させ、1つの事象について、過去の履歴を検索するだけでなく、どんな処置をしたときに良い結果が出たのか、逆に、どのような処置なら失敗する可能性が高いのかなどをアドバイスできるところまで高度化したい」(中澤氏)考えである。

 もう1点は、働き方の変革だ。これまでベテラン保全員は、工場の中でのみ若手にノウハウを引き継いできた。PM-Aiでは、それをグローバルに発信し、他の工場の保全にも役立てられる。「これはベテランのモチベーション向上にもなる」と中澤氏は期待する。一方の若手も、他工場を含めた人とのつながりが増える。

 中澤氏は、「ツールの使い方についてなどは、若手がベテランに教える機会も出てくるだろう。若手保全員によるPI-Aiの利用推進ワーキンググループも発足し、活用方法について勉強会も開催している。次世代の保全リーダーの育成も目指している」と期待を寄せる。

 将来、AIが高度化すれば、若手保全員はAIと会話するだけで作業ができるようになるかもしれない。だが中澤氏は「今は、そうならないように考えている」と語る。具体的には、問い合わせへの答えAIが最短距離で答えるのでなく、わざと先輩社員に問い合わせてアドバイスを得るような仕組みを作ろうとしている。人と人とを引き合わせられるように仕向けているわけだ。

 加えて、問い合わせた修理の“ついで”に、直接関係がない部品についても交換を促すなど、「長期的な稼働時間の向上につながる予防保全についてもアドバイスできるようにしていきたい」(中澤氏)考えだ。さらにはPM-Aiの仕組みをNSKの他業務にも拡大していく。

 そのためのキーポイントを中澤氏は、「業務の専門家がWatsonをツールとして使いこなせるかどうかにかかっている」とみている。

デジタル変革(DX)への取り組み内容
企業名日本精工(NSK)
業種製造
地域国内工場(海外も計画)
課題ベテラン保全員のノウハウ伝承、若手保全員の教育
解決の仕組み過去の修理履歴の読み込みとAIによる分析で、作業現場で相当する過去履歴を検索可能にした
推進母体/体制日本精工、日本IBM
活用しているデータ修理履歴(エクセルデータ)、修理現場の画像データ
活用している製品IBM Maximo、IBM Watson Explorer、IBM Cloud Service など
稼働時期2018年(モデル工場での運用開始時期。2016年に構想着手、2017年に開発開始。2020年は国内工場に展開中)