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フリマのメルカリが今、ELSI(倫理的・法的・社会的課題)研究に取り組む理由
30年前に登場したELSIに再び注目が
ELSIは、新たな科学技術を社会実装する際に生じうる、技術以外の課題を予見し、多角的な視点から解決策を提案する研究分野だ。1990年、米国で始まったヒトゲノム解析プロジェクトをきっかけに、将来の社会に備えるものとして求められ、複数の研究拠点が設立された。
研究対象はその後、ナノテクノロジーや脳科学へと広がり、今では社会にインパクトをもたらす、あらゆるテクノロジーが含まれるようになった。EU(欧州連合)では「責任ある研究とイノベーション(RRI:Responsible Research & Innovation)」という概念に発展し、2014年から2020年までの7年間に約500億円の予算が投じられている。
そうしたなかで、大阪大学が2020年4月に設立したのが「社会技術共創研究センター(ELSIセンター)」であり、ELSIを総合的・継続的に取り上げる国内初の拠点になる。これまでにも、文部科学省事業「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』推進事業」として京都大学らがELSI研究に取り組んできたが、先端生命科学研究が中心だった。
ELSIセンターは、総合、実践、協働形成の3つの研究部門と、4つの機能を持つ(図3)。「科学技術と並行して社会技術の開発も必要」との考えから、新しい科学技術の社会実装で求められる、安全・安心、社会責任、法規制、公平性、社会需要などについて、多様なステイクホルダーと共創研究する。15人いる主要メンバーは、法学、社会学、人類学、哲学などの専門分野から参加している。
影響の考察は社会的責務と同時にチャンスでもある
このELSIセンターとの共同研究をメルカリのD4Rは、2020年9月に開始した。フィジビリティスタディを終えた2021年6月30日には研究開発倫理指針の全文公開と、本格的な共同研究の開始を発表している(図4)。
では、ELSIセンターとメルカリが組んだ理由は何か。ELSIセンターの岸本 充生センター長は、こう説明する。
「ELSIやRRIに関する学術研究や提言は多数ある。だが、企業の研究開発においてELSIを実践するには知見が不足している。研究者の気づき、想像力を高めるELSI研究は、ますます必要とされるだけに、R4Dとの共同研究を産学連携のモデルケースにしたい」
一方、R4Dのリサーチアドバイザーを務める藤本 翔一 氏は、こう語る。同氏は学生時代にもELSI研究に関わっていた。
「新技術と社会実装の関係はネガティブな部分も多い。ELSIは、未知や想定外のリスクやコンフリクトに向き合う方法だ。例えば、今からガソリン車を作るとすれば、実証実験から始まり、社会に与える影響を倫理・法規の専門家や国と一緒に考えながらやらなければならないだろう。そうしたルールづくりで新技術をリードすることが市場では重要であり、いち早くELSIを発見することは、社会的責務であると同時にチャンスにもなる」
現在の共同研究は、2021年4月から23年3月までの2年間を予定し、研究開発倫理審査の高度化や、研究のためのネットワーキング活動などに取り組む。市民参加型の手法も取り入れ、科学技術を専門としない人たちとも新技術について考える方法論も模索する(図5)。
R4DではELSI研究のほかに、次世代通信インフラと目される量子インターネットの研究コンソーシアム「QITF」を立ち上げたり、東京大学と電動モビリティ「poimo」を共同開発したりしている。2020年1月には東大と共同で、社会連携研究部門「価値交換工学」を5年の期間で設置した。世界中の人々がフェアでスムーズな価値交換が可能な社会の実現が目標だ。
中核事業であるフリマへの関連性も強い価値交換工学に加えて、メルカリが本格的にスタートさせたELSI研究。新技術に対する倫理性や法規制の必要性を、これまで以上に気づかせるものになるのか。今後の動きに注目したい。