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ベイシア、ポストコロナを生き抜く“小売DX”に向けた7つの施策

ベイシア マーケティング統括本部・デジタル開発本部 本部長 亀山 博史 氏

中村 仁美(ITジャーナリスト)
2022年8月1日

 短期間でアプリの導入がスムーズに進み、かつ高い評価を得られた背景として亀山氏は、「ポイントカードを導入していなかったことが大いに関係している」とみる。「ポイントカードを導入している企業はアプリへの切り替えに苦労している。ここでも後発であったことが有利に働いた」(同)という。

 ベイシアアプリには、継続して機能を追加している。「お得で便利な機能を追加すれば会員が増える。会員が増えればOMO(Online Merges with Offline:オンラインとリアル店舗の融合)の世界に入っていける」と亀山氏は話す。

 機能追加では例えば、「API(アプリケーションプログラミングインタフェース)エコノミーを構築し、健康アプリとID POS、家計簿サービスなどと連携させれば、カロリーやビタミンの摂取状況を知らせたり、簡単に家計簿がつけられたりと色々なことができるという。

 さらに「OMOをしっかりと実施していけば売り上げが増加し、データが分析対象へと変わっていく」(同)という。データは、RMF(Recency:直近の購入日、Frequency:購入頻度、Monetary:購入金額)分析による顧客のランク付けのほか、アプリの利用状況プロモーション分析や商品DNA分析などに活用(図2)。ほかにも棚割や改装、出店計画や商品開発などにも活用する。

図2:ベイシアが取り組むデータに基づく「商品DNA」分析の例

 これらのデータ分析により、「顧客のライフスタイルに基づいた、Amazon.comとは異なるパーソナライゼーションを図ったリコメンデーションが可能になる。データに基づき顧客の生活に寄り添うことで『どうせ買うならベイシアで』という意識にさせられる。そうして実店舗のファンを増やしていくことが、単なるモノ売りからサービスの提供への進化につながる」と亀山氏は強調する。

DX推進のスピードは内製化で高める

 こうしたDXへの取り組みを亀山氏は「様々な取り組みをぐるぐると回す、終わりのない戦い」だと表現する。それを社内に根付かせるためには、「PoC(概念実証)で終わらせず、データを活用しながら実際の施策として実施していく必要がある」(同)という。

 デジタル戦略をスピード感を持って推進するために「ベイシアでは7つの策を実施してきた」と亀山氏は話す(図3)。1つは、亀山氏というデジタルリーダーの採用である。「経営に対し、DXへの理解を促すためと信頼関係を作るため」(同)だ。第2がデジタル戦略の策定と勝ち筋の明確化である。「1つずつの施策で○か×かをつけるのではなく、勝ち筋を明確にすることが大事だ」と亀山氏は強調する。

図3:デジタル戦略のスピードを高めるためにベイシアが採った7つの策

 第3の策が、デジタル化の内製化チームとデジタルマーケティングの専門家の採用だ。「前職のスターバックスの米シアトル本社では5000人の社員のうち1500人がエンジニアだった。これはアメリカでは当たり前の人員配置だ。内製化によりデジタル化をスピードアップできる」(亀山氏)

 第4は、内製化に向けたエンジニアのための新しい働き方と制度の設計である。例えば2020年1月には、カインズが東京・表参道に開設した「CAINZ INNOVATION HUB」の一角を間借りしてオフィスを新設。コロナ以後はフルリモート勤務に切り替えた。加えて、優秀なデジタル人材を採用するためにジョブ型の給与体系を設計した。

 北関東に本社を置くベイシアでは、それまでエンジニア採用に苦労していた。「小売業の給与体系がメーカーや金融機関に比べ低い」(亀山氏)という課題もある。フルリモートという働き方とジョブ型の給与体系は、「エンジニア採用における地方企業のディスアドバンテージを払拭してくれた」と亀山氏は話す。

 第5の策は、DXに先行していたカインズやワークマンのベストプラクティスの活用だ。例えばマーケティング戦略にはワークマンのベストプラクティスを活用している。「ワークマンはマーケティングの力で現在のような成長を遂げた」(亀山氏)からだ。

 加えて、「創業早期より米ウォールマートをベンチマーク企業に設定している」(亀山氏)という。「国内と海外のベンチマーク企業を明確にすることで議論がしやすくなる」(同)のが、その理由である。

 第6は、プラットフォーマーが提供するサービスのAPI活用である。例えばベイシアのネットスーパーは楽天が提供するプラットフォーム「楽天全国スーパー」を、デジタルチラシには、D&Sソリューションズというベンチャー企業が提供するプラットフォームを、それぞれ採用している。亀山氏は「すべてを自社で作る必要なない」と強調する。

 そして第7の策が、エンジニア組織において良い文化を作ること。「良い行動・文化を持つ企業には良い人材が集まり成長できる」(亀山氏)のが、その理由である。そのために定義したのが「For the customers」と「デジタルVALUE」だ。「組織や技術だけではなくハート(心)を持って感謝と対話を大切にする」という文化を根付かせる。

 亀山氏は、「こうした文化が根付けば、優秀な人材が会社を去るスピードは落ちる」と断言する。