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「丸亀製麺」のトリドールホールディングス、目指すべきDX像と推進シナリオを描きブレなく実行

トリドールホールディングス 執行役員 兼 CIO 兼 CTO 兼 BT本部長 磯村 康典 氏

岡崎 勝己(ITジャーナリスト)
2022年8月5日

SaaSは一切カスタマイズせず、不足はBPOで補う

 こうして取りまとめたDXビジョンの骨子は大きく3つある。(1)「食の感動体験の提供」というミッションに集中できる形への業務とシステムの見直し、(2)グローバルフードカンパニーにふさわしいデジタル基盤としてのSaaSとBPO(Business Process Outsourcing)の優先活用、(3)仕組みを支える要素としてのゼロトラストやDaaS(Desktop as a Service)の採用だ。2023年4月の完了を目標にする(図2)。

図2:「DXビジョン2022」の推進計画

 デジタル基盤となるSaaSの利用においては、「一切カスタマイズをしないことを貫いている」(磯村氏)。自社の強みにつながらない業務はシステムに合わせるだけでなく、強みに直結する業務に必要な機能は「開発費を負担してでも、SaaSの標準機能としての実装を依頼する」(同)。カスタマイズが複雑さを招き、将来的な変化の妨げとなることを考慮してのことだ。

 それでも対応し切れない業務の受け皿になるのがBPOである(図3)。バックオフィスの定型業務を担うシェアードサービス会社を分社化しており、BPOの利用自体は円滑に進められた。ただ、シェアードサービス会社で働く従業員は、持株会社や事業会社、BPOベンダーへの転籍が伴うため、「希望やキャリアの相談を聞きつつ約1年をかけて慎重に移管していった」(磯村氏)という。

図3:SaaSとBPOを組み合わせることでDXを推進してきた

 トリドールホールディングスのシステム基盤は、店舗マネジメント、マーケティング、データマネジメントなどに大別されている。例えばデータマネジメントでは、データ分析環境のSaaSへの移行や、領収書/請求書の電子化、ワークフロー・電子契約など過半数のプロジェクトが完了するなど、順調に推移しているという。

 なかでも、DXビジョンの発表から3カ月で、全サーバーのAWS(Amazon Web Services)への移行や、財務会計システムのSaaS化、社内ツールのOffice365への切り替えを終えられたことが大きかったと磯村氏は振り返る。

 「これらシステムは全社員が利用するもの。その刷新を通じて会社としてのDXの本気度を社員に伝えるという狙いも達成できた。それが可能だったのも、CIO/CTO(最高技術責任者)がDXとBPOの推進、データマネジメントのすべてを統括することで意思決定の一本化と迅速化を図れたからだ」

レジ入力を自動化するための画像認識などを実験中

 これらのシステム基盤を使ってトリドールホールディングスが整備を進めるDXの仕組みは多岐にわたる。その1つに、フードデリバリサービスやモバイルオーダーなどの注文に一元的に対応する「クラウドPOSステーション」がある。

 新しいPOS(販売時点情報管理)端末は、現金のほか、クレジットカード、電子マネー、各種クーポン用途のQRコード、共通ポイントなどのすべての決済手段に対応。高速自動釣銭機を併せて導入することで、客数が多い昼時も、30秒で2件以上処理できるだけの高速化を図っている。

 実証実験段階にある仕組みも多い。レジ入力を自動化するためのAI(人工知能)技術の活用が、その1つ。客がレジ前まで運んできたトレイの内容を撮影し、画像認識により注文したりピックアップしたりした商品の内容を読み取る。サイドメニューの天ぷらを対象に2種類を識別する実験では認識率は85%にまで高まった。磯村氏は、「天ぷらが重なっていると認識率が下がる。それを、ほぼ正確に認識できた段階で実用化に向けた計画を立てる」と話す。

 ほかにも、料理の中心温度や油の劣化度などを測定・管理する「デジタルフードセーフティシステム」や、自社アプリと共通ポイントカードを組み合わせて顧客動向を把握するための「デジタルマーケティングプラットフォーム」、社内外の問い合わせに対応する「マルチサイトコンタクトセンター」などがある。いずれにも、それぞれで収集できるデータを活用するための仕組みも整備している。

部分最適にならぬよう解決策までを現場に求めない

 DXに対し、これほど様々な取り組みを進められる背景を磯村氏は、「DXは社内に危機感がなければ進まない。逆に、現場の課題や不満は改革の推進力になる」と説明する。「DXの成果を社内外に広く発信することも重要だ。社外からの指摘で現場がDXの意義に気づくこともある」(同)ともいう。

 そのうえで磯村氏は、「部分最適化を避けるためにも、課題の解決策までを現場に求めないことだ。目指すべきDX像と推進シナリオを描く人材は厳選すべきであり、方策をブレなく迅速に取りまとめる必要がある。その指揮を執り、より良い方向に導くことこそがCIOの役割だ」と指摘する。