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浜野製作所、町工場ならでは強みを武器に共創で存在価値を築く

浜野製作所 代表取締役社長 浜野 慶一 氏

佐久間 太郎(DIGITAL X 編集部)
2023年4月10日

ベンチャー企業のハードウェア作りをガレージで支援

 上流からコミットメントする取り組みの具体例が、産学連携による開発プロジェクトへの参画だ。例えば、一人乗りEV(電気自動車)の「HOKUSAI」は、同社と墨田区、そしてEVを研究する早稲田大学の研究室と三角連携協定を結んで開発した。

 深海探査艇「江戸っ子1号」は、芝浦工業大学や東京海洋大学らも加わった開発プロジェクトである。実証実験では、2013年に日本海溝で深海8000メートルに、2017年にはマリアナ海溝で1万2000メートルにまでたどり着いている。

 この間、2014年4月には、ものづくりのためのイノベーション拠点となる「Garage Sumida(ガレージスミダ)」を自社工場に開設した。「東京の地域性を活用しようとした結果、社会課題の解決に情熱と気概を持って取り組むベンチャー企業と手を組み、ものづくりの側面から彼らを支援することで当社の技術力を高める」(浜野氏)ためである。

 Garage Sumidaがベンチャー企業や大企業から受けた新規事業の相談やプロジェクトの数は、これまでに300を超える。小型の電動モビリティ「WHILL」を開発するWHILL(ウィル)が、その一社。同社とは創業時から関わり、今も同社の開発やものづくりをサポートする。

 ベンチャー企業だけでなく大学の研究設備などの開発も手掛ける。「開発の初期段階では、それほど機能を求めないモックアップを作ることも多い。それを大企業に頼むと高価で大型のものに仕上がることもあるため、当社が開発している」と浜野氏は説明する。

さまざまな場を活用し実体験で人を育てる

 ベンチャー企業や大学などと種々の開発を手掛ける浜野製作所だが当初は、多くの中小企業同様に、人材面では課題を抱えていた。浜野氏は、「優秀なエンジニアが採れず、彼らに支払える給料もなかった。新分野の開発技術や知見・ノウハウを持つ技術者が社内におらず、人を育てていくしか道がなかった」と当時を振り返る。

 開発技術と知見・ノウハウを同時に蓄積する試みとして同社が挑戦したのが、日本テレビ系列のテレビ番組「リアルロボットバトル日本一決定戦」への出場である。2013年の第1回大会に参加した際には、「自社でロボットなど作ったこともなかった」(浜野氏)という。

 だが翌2014年の第2回大会では準優勝を勝ち取れた。「第1回大会ではノウハウもなく、デコレーションに無駄な実装が多く、重すぎてロボットが動かず1回戦で敗退してしまった。何が原因で動かなかったのかを分析したこと、社外の人と協業し、それを形にしたことが準優勝につながった」と浜野氏は話す。

 東京都墨田区という地域に根ざした技術をプロモーションする「スミファ」という試みも10年以上続けている。子どもたちなど普段、ものづくりに親しんでいない人にも直接工場を訪れてもらい、ものづくりの一端に触れられる機会を作っている。

 スミファに取り組む背景を浜野氏は、「自分たちの技術が伝わっていないし、伝える創意工夫もしていない。それでは町工場を継ぎたいという子供も少なくなってしまう。次代を担う子どもに、墨田のものづくりをもっと知ってほしい。企画・運営には、大学生にも参加してもらっている」と話す。

 体験型商業施設であるキッザニアの職業体験プログラムの考案・運営にも携わっていた。入社5年目以内の若手社員をプロジェクトの主力に位置付け、プログラムの内容や受け入れ人数、値段設定などの企画から、当日の運営と収支決算までを手掛けた。「普段は営業、製造など自部門の仕事しか見えないだけに、一連の流れを体験することは従業員教育にもつながった」(浜野氏)という。

 共創による人材交流も盛んだ。例えば、「トヨタ自動車本社のエンジニアが出向に来たこともある。彼らが一緒に仕事をしてくれるので、若手に力がついてこないはずはない」と浜野氏は語る。

 近年は、インターンシップにより新卒者が定期的に入社するサイクルができているほか、大企業からの転職者もいる。浜野氏は、「20代後半から30代前半の人が大企業から浜野製作所に転職してきてくれている。給料は大企業とまではいかないが、彼らに共通するのは町工場から世界を変えようとチャレンジしようとしていることだ」と力を込める。

開発スピードを強みにネットワークでの存在価値を高める

 浜野製作所の共創相手は、ベンチャー企業から大学、大企業まで幅広い。これほどの共創関係を結ぶ理由を浜野氏は、こう説明する(図2)。

 「それぞれの強みを持ち寄りスピード感を持った開発を推進したい。中小企業の強みは、大企業やベンチャー企業にはない労働集約性と、それを武器にした開発スピードにある。そうした得意領域を“町工場だからできる”ことだと自認することがネットワークの中で存在価値を高める」

図2:ベンチャー企業や大企業との得意領域のすみ分け

 浜野氏は、「今後は、企業規模や売上規模などが基準の大企業を頂点とした上から下へのサプライチェーンのみならず、それぞれの強みを持ち寄る形でのパートナーシップも、ますます増えていくではないか。そうなれば中小企業も先端的な分野で自らの力を十分に発揮できるチャンスがある」と、自らを鼓舞すると同時に多くの中小企業にエールを送る。