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東急、人材不足を逆手に立ち上げたDX組織でグループのデータ活用を推進

東急 デジタルプラットフォーム 室長 日野 健 氏

中村 仁美(ITジャーナリスト)
2023年7月24日

アプリ開発の推進課程で組織の課題も明確に

 内製化を進めるUrban Hacksが現在注力しているのは主に、(1)スマートフォン用アプリケーションなどのデジタルプロダクトの開発と、(2)グループ共通のデジタル共通基盤の構築である。

 最初に取り組んだのが、顧客データを取得するためのアプリケーションの開発/更新である。2022年には「東急線」「東急カード」「東急ホテルズ」の3種類のアプリをリリースした。

 開発のポイントとして日野氏が挙げるのが、「ビジネスオーナーやプロダクトオーナーのビジネス側と、デザイナーやエンジニアのデジタル側の双方が参加し、アジャイルかつ“共創”で実施する点」である。

 そのメリットを日野氏は、「ビジネス側のシステム理解が促され、デジタル側との信頼関係も醸成される。必然的に業務の高度化に向けたシステム改善ニーズがビジネス側に生じやすく、それがデジタル側からの事業コンセプトや提供商材のコンサルにつながっている。共創が進むと顧客ニーズを知るためのカスタマー調査もデジタル側が主導するようにもなっている」と話す。

 Urban Hacksの取り組みが本格化する過程で、「東急のDX推進に向けた課題も浮かんできた」と日野氏は打ち明ける。具体的には、「パンデミックの事業への影響度の違いから事業部や経営層の間にDXに対する認識の温度差が存在することや、Urban Hacksにプロパー社員が参加を望んでも必要なスキルセットとの合致は簡単ではないといった人材交流・育成上の課題など」(同)だ。

 これら課題への対応策も打っている。DXへの認識面では2022年にNG集を盛り込んだデジタル行動指針を整備(図2)。人材面について「プロパー人材の成長ストーリーを例示した人材育成の仕掛けを整備する計画」(日野氏)である。並行して「街づくりDXやマーケティングなどについて、Urban Hacksやデジタルプラットフォームメンバーによる情報発信を継続していく」(日野氏)考えだ。

図2:東急のデジタル行動指針が掲げる9カ条

デジタル共通基盤を土台に東急という企業体の抜本的改革を加速

 Urban Hacksがアプリ開発と並行して注力するのがデジタル共通基盤の構築である(図3)。顧客接点の強化と、リアルとデジタルを問わない顧客体験の融合を目標に、ID・認証、ポイント/決済、顧客管理の各機能をマイクロサービスとしての実装を進める。

図3:東急が構築するデジタル共通基盤の位置付け

 デジタル共通基盤は、「DXによる将来事業のベースになる」と日野氏は説明する。具体的には、「IDにより商材をグループ横断でつなぎ、顧客データを効率的に収集・分析し、ポイントやロイヤルティ・アプローチを顧客ごとに組み換えることで、体験価値を向上させる」(同)という。

 商材には、自社商品だけでなく、「将来的には地域コミュニティ企業の商品も扱うことも検討していきたい」(日野氏)。そこでは、「自らのデータ利活用と同時に、共通基盤を自社開発することで利用手数料の低廉化を図り、有用な情報資産を地域コミュニティに民主化することも検討したい」(同)考えだ。

 こうした考え方を実現したサービスの1つが「.pay(ドットペイ)」。決済とポイント、クーポンの同時処理を「世界で初めて実現したサービス」(日野氏)になる。.payの機能は、SDK(ソフトウェア開発キット)を使えば各社のアプリに組み込めるため、「利用企業は自らがシステム基盤を整備しなくても、独自のポイント制度の展開や顧客分析が可能になる」と日野氏は強調する。

 次世代の街づくりに向けた東急のDXは、これから正念場を迎える。日野氏は、「デジタルによる顧客視点の獲得を徹底するものの、それにより事業が、どこまで変わるかはまだ見通せない」と吐露する。だが日野氏は「東急自身の『CX(Corporate Transformation:企業の抜本変革)』は確実に加速させていきたい。DX推進部門は、その牽引役になるべきだ」と力を込めた。