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東急、人材不足を逆手に立ち上げたDX組織でグループのデータ活用を推進

東急 デジタルプラットフォーム 室長 日野 健 氏

中村 仁美(ITジャーナリスト)
2023年7月24日

創業100年を超える東急がDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みに本腰を入れている。パンデミック後の顧客ニーズや行動様式の変化に対応するためだ。同社デジタルプラットフォーム室長の日野 健 氏が、東京で2023年5月に開催された「CIO Japan Summit 2023」(主催:マーカス・エバンズ・イベント・ジャパン)に登壇し、同社のデジタル推進組織である「Urban Hack」の立ち上げ経緯や、最新の活動について解説した。

 「これまでも当社は事業構造を継続的に見直してきたが、その基盤が祖業の“鉄道”である点は変わらなかった。だが、パンデミック前後で市場や競争環境が大きく変わった。鉄道の移動需要自体を不変とせず、多様な顧客接点をいかに活かしていくかの深耕が不可欠との危機意識から、次世代の街づくりに向けた変革に大きく舵を切っている」−−。東急のDX(デジタルトランスフォーメーション)を牽引するデジタルプラットフォーム室長の日野 健 氏は、同社の立ち位置をこう説明する(写真1)。

写真1:東急 デジタルプラットフォーム 室長の日野 健 氏

 東急の源流は、渋沢 栄一 氏を発起人に1918年に誕生した田園都市株式会社。鉄道事業を出発点に、戦後は東京の住宅不足解消に向けた宅地開発により“多摩田園都市”計画を推進した。60年代からは「渋谷109」や「Bunkamura」の開業など“脱鉄道”を、2000年代からは「渋谷マークシティ」を皮切りとした複合ビル群の開業により“脱多摩田園都市”を図っている。

 次世代の街づくりに向けて2021年に発足したのが、社長直轄のDX組織となる「デジタルプラットフォーム」である。だが日野氏がIT子会社の社長としてITに関与し始めた2015年当時、本社のIT部門のスタッフ数は5人程度にまで縮小されていた。「コスト面などから外注を優先した結果だった。だが、この規模では130社以上ある東急グループ各社へのIT統制すら困難な状況だった」(日野氏)という。

IT部門にマーケティング機能を融合しデータ活用を促進

 その後の2018年、日野氏は東急に経営企画室のIT戦略部 統括部長として復職し、社長からDX推進組織の立ち上げを命じられた。その際に日野氏がミッションに定めたのが、「データ利活用によるグループ横断のマーケティングの支援」である。その理由を日野氏は、こう説明する。

 「これからはデータ利活用が不可欠であり、デジタルとマーケティングの機能を統合し、客観的なデータで全社改革のけん引役を担うべきだと判断したためだ。従来、グループ横断施策の展開はマーケティング担当の主たる仕事だったが調整に手間取ることも多かった。一方でIT部門は、世間の変化を察知するのに必要なデータに最も近い部署であり、変革のためのデジタル技術を得意とする。最終的には、マーケティング機能だけでなく、リアルとデジタルを組み合わせて都市における新たな体験価値を提供する『City as a Service構想』の担当機能も取り込んだ」

 同時に、システムの開発体制も従来の外注から内製化に舵を切った。そのための専門組織「Urban Hacks」も立ち上げた。「データ活用には、データの種類や場所を把握する必要があり、その点で内製の方が有利だ。加えて、各種のノウハウも着実に蓄積できる」(日野氏)からだ。

 そのために、ビジネスのプロデュースやデザイン、データ分析、アーキテクチャーなど、DXに必要な多様なスキルを持つ専門職を短期間に確保できるよう、新たな人事制度も立ち上げた。内製化は「各種開発コストの削減に確実に寄与している」(同)という。

 2023年5月時点でデジタルプラットフォームの組織体制は、110人超にまで拡大した。デジタルプラットフォームが指揮を取り、グループ横断のデジタル戦略とマーケティング戦略を策定し、グループ各社が、それぞれの戦略の企画・運用、マーケティング施策などを実施する(図1)。

図1:デジタルプラットフォームの組織体制

 日野氏は、「社長の後ろ盾を得つつ、いわば走りながら諸制度を整備し、DXのための組織を一気に立ち上げた。旧態然の既存組織が大きく存在していれば、内部調整が難しく、この手は使えなかっただろう。ある意味、デジタル機能の脆弱さを逆手にとった手法だった」と、これまでの経緯を振り返る。