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ダイハツ工業、“仲間”と“テーマ”を集め現場へのAI技術の浸透を加速

ダイハツ工業 DX推進室 データサイエンスグループ グループリーダー 太古 無限 氏

岡崎 勝己(ITジャーナリスト)
2023年7月25日

できるだけ“楽“になるよう自動化・標準化を推進

 並行して2020年からは、AI技術の全社研修も開始した。「個人に頼った学習では限界がある」(太古氏)との考えから人事部に掛け合い実現した。全社研修の基本は、機械学習を用いた分析の自動化を可能にする「AutoMLツール」を使ったモデルの設計や構築。「できるだけ楽に、より多くの成果を出せる人材の育成を目的にしているため」(同)である。

 そこでの基本スタイルは、「自動化を図り、ノーコード/ローコードの開発ツールでは対応できない場合のみ、機械学習研究会などに属するスキルのある人材がコードを書く」(太古氏)こと。そこで研修では、AI人材を「TOP人材」「中核人材」「素養人材」に分類し、それぞれにオンライン学習環境を用意した。ただ「机上の学習では誤解を伴いがちなため、いずれの学習もAI活用の実践に重きを置いている。

 特に中核人材を対象にした『ダイハツAI道場』では、各受講者が持ち寄る課題を解消するAI機能を8週間できっちり実装させている」(太古氏)。2020年の研修開始からこれまでに中核人材を約150人育成した。「2025年までに300人に増やす」(同)のが目標だ(図3)。

図3:ノーコード/ローコードでのAI活用を前提に社内研修を用意し、中核人材を2025年までに300人体制にする

 また一般に、「ベテラン社員ほど、過去の成功体験などからAI活用に後ろ向きになりやすい」(太古氏)ことから、日本ディープラーニング協会の「G検定」合格を支援するマネジメント層向けコミュニティなども運営している。

カイゼンが日常の現場ではAI技術の活用をイメージし難い

 こうした“仲間集め”と並行して太古氏が注力してきたのが「テーマ集め」である。「AI活用の難しさの根本には、明確な問題や不満が乏しい状況下では改善ビジョンを探し難いということがある」(太古氏)ためだ。特に製造業では「日々、カイゼンに取り組んでいるだけに、その傾向が強い」(同)という。

 改善の糸口をつかめるよう、社外の先行事例の自社業務への応用や、社内でのヒアリングをベースにAI活用の検討を推進。2020年からはグループ企業を対象に「AIのアイデア相談会」も開催している。

 「AI活用の実績が知られるようになると相談は年々増えてきた。テーマ数は累計で1000を超えている。それらを分野別に整理し『担当者のやる気』と『上司の理解』の観点から評価し、実現性が高いものから実装を支援している。仲間集め同様に“やる気”と“理解”のいずれを欠いてもプロジェクトは円滑に進まない」と太古氏は強調する。

 そうした中で近年、急速に進展してきたのが、多様かつ大量のデータをすでに蓄積している工場でのAI活用だ。「2021年以降だけで50件を超える」(太古氏)。その1例に、工場廃水の処理用薬品の使用量を最適化するAIシステムがある。センサーおよび画像の時系列データから排水濁度を予測するもので、データと設備は既存のものを流用し、内製により開発費も抑えている。

 太古氏は、「こうした取り組みが可能になったのは、AI実装のノウハウが溜まり、標準化が進んでいることが大きい」と語る。例えば、画像の収集から前処理、モデル作成、実装までを自動化したAIアプリケーション開発用ツール「Daihatsu AI Vision」も標準化の成果である。

「今より良い方法だ」との気付きが自走型につながる

 “仲間作り”と“テーマ集め”を軸に社内展開を推進してきたダイハツ工業は今、「アイデアとやる気さえあれば、誰でもAI活用に乗り出せる段階に差し掛かりつつある」(太古氏)という。その段階で太古氏が心がけているのが、「問題の解決策としてAI活用を押し付つけるのではなく、『今より良い方法だ』と自身で気づかせること」である。

 「トップダウンでのAI活用は、成果を上げた段階で活用が終わりがちだ。しかし、『従来のツールより優れている』との気づきがあれば、自身が、より楽をするためにも用途を自発的に探すようになる。ひいては自走型の活用を軌道に乗せられる」(同)からだ。

 AI活用のモチベーションを引き出すために、有志によるDX事例の勉強会も定期的に開催している。年に一度は全役員が参加するため「現場にとって大きな発奮材料になっている」(太古氏)ようだ。DX推進やAI活用において著名な外部ゲストを招いた「ダイハツAIキャンプ」も毎月実施する。

 ただ、これらの活動においては、「(活動の)火がいきなり大きくなっては『火事だ』と誤解され消火されかねない。火種のまま静かに広げていくことを留意している」と太古氏は明かす。

 AI活用に向けた道のりを太古氏は、「近道のない泥臭い活動」と表現する。「活動で鍵を握るのは、やはり成果を上げること。すると次第に理解が広がり、反対者も昔から支持していたように態度や言動を変える。その段階にたどり着けるまで、手を替え品を替え挑戦し続けることが肝要だ」と力を込めた。