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ヤンマーホールディングス、“隠れDX人材”を掘り起こし自社の成功例をテコにデジタル化を推進

ヤンマーホールディングス 取締役 CDO 奥山 博史 氏

森 英信(アンジー)
2024年7月16日

ビジネスとデータ分析をつなぐ「トランスレータ」を社内に求める

 こうした取り組みを支えるのが人材だ。奥山氏は、「デジタル活用を推進するには(1)ビジネス、(2)データ分析、(3)ITインフラの3領域の人材が必要になる」と説明する。

ビジネス :デジタルで創出するビジネス価値を定義し、成果創出をリードするビジネスオーナー
データ分析 :内外のデータから洞察を得て、新たな価値を創出するデータサイエンティスト
ITインフラ :俊敏なIT・デジタル基盤を構築・運営し、成果創出を支えるITスペシャリスト

 ただ奥山氏は、「データサイエンティストやITスペシャリストやの採用・育成は非常に困難だが、どういったことに取り組めば良いのかは比較的分かりやすい」と前置きしたうえで、「最も困難なのは『トランスレータ』の育成だ」と指摘する(図3)。

図3:ヤンマーにおけるデジタル人材の分類。ビジネスとデータ分析をつなぐ「トランスレータ」の育成を重要視する

 トランスレータとは、「デジタルを使ってお客様へ価値を創出するモデルを企画し、ビジネスとデータ分析の意思疎通を支援して成果創出を支援する人材」(奥山氏)である。「顧客のビジネスを理解したうえでデータを収集・分析する人たちを支援する非常に難しいポジション」(同)だ。

 ただ社内では、「デジタルスキルに長けているもののビジネススキルが弱いのが本社のDX(デジタルトランスフォーメーション)部門やIT部門に属している人たち。逆に、ビジネススキルは強いもののデジタルスキルに弱みを持つのが事業部門に属している人たち」(奥山氏)になる。そこで、「ビジネス領域にいる人たちに投資しリスキルするという育成方針を進めている。ビジネス領域にいるからといって、必ずしもデジタルに関心がないとは限らない」(同)ためだ。

 具体的には、ビジネス領域で埋もれているデジタルに関心の高い「DXキーマン」を口コミなどを元に発掘し、コミュニティ化によって学びの機会を設けてトランスレータへと育成していく。トランスレータを増やすことの狙いを奥山氏は、こう説明する。

 「RPAや生成AI(人工知能)などを活用した自社のユースケースを作れるようになる。他社のユースケースは『自社への適用が難しい』と考えられがちで、学ぼうという意識が生まれにくい。自社での成功事例を示すことで、全従業員の意識を変えられるのではないかと期待している」

フィードバック・ループが高速に回る「ぐるぐるモデル」を実現させる

 ヤンマーホールディングスのデジタル推進の現状を奥山氏は、「ビジネスモデルの変革、つまりトランスフォーメーションの段階には、まだ至っていない」と自己評価する。だが、「自社のユースケースができ、シニアレベルの従業員の間でも『デジタルは事業の役に立ちそうだ』という雰囲気になってきている。新しい段階に挑戦する資格を得た」(同)とも考えている。

 新しい段階として挑戦するのが「フィードバック・ループの高速化だ」と奥山氏は力を込める(図4)。そもそも「なぜデジタル化を進めるかいう問いへの答えの1つがフィードバック・ループを回すスピードを究極的に高めることだ」(同)ともいう。デジタル化を推進し、フィードバック・ループを自動的に回せる理想の状態を奥山氏は「ぐるぐるモデル」と呼んでいる。

図4:「フィードバック・ループの高速化」をデジタル化の本質に位置付ける

 例えば従来、「製品別の採算を連結ベースで計算しようとすると、さまざまなシステムに異なる形で管理されている原価をダウンロードし、それらをまとめてから作業しなくてはならない。膨大な工数がかかり、事業部によってはフィードバック・ループを年に数回しか回せなかった」(奥山氏)

 そこで奥山氏は、ERP(経営資源計画)システムのモダナイゼーションに取り組んでいる人に対しても、「今やっていることを置き換えるのではなく、フィードバック・ループが回せるように取り組むよう伝えている」(同)という。

 そのうえで奥山氏は、「デジタル戦略とAI戦略を、ほぼ同じものとして考える必要がある」と指摘する。特にマルチモーダルや生成AIの登場によって、「これまでデジタル化が難しかった現場の暗黙知もAIで学習できるようになるだろう」(同)とみる。例えば、現場の熟練技術者特有の暗黙知について、「これまでは言語化できずデジタル化が進まなかった。だがビデオ画像をAIが学習し知識として蓄積できるようになると期待する」(同)

 フィードバック・ループの高速化に向けて取り組んでいるのが、「各事業でカギになっているバリューチェーンをEnd To Endでつなぎ、全体でデジタル化するという試み」(奥山氏)だ。

 例えば、製品の設計・開発であれば、競合製品のスペックや価格を調査し、過去の製品不具合情報や顧客フィードバックを分析する。そこにデジタル技術やAI技術を適用し効率を高める。RPAを使って競合サイトから情報を取得し生成AIで要約する方法などを考えている。そうしたタスクは連携できるように設計し、ぐるぐるモデルを回していく。

 その推進体制について奥山氏は、「従来のアプローチとは異なり、全てをやり切ることで連携し、効率的なモデルが動くように進めている。本社のデジタル部門が主導するのではなく、事業部の担当者が、その事業会社の社長にレポートする形を取っている。我々はサポート役に徹し、現場の実情を重んじる体制を整えている」とした。