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ヤマザキマザック、「ファクトリーサイエンティスト」の育成で社内にデジタルの火を灯す

ファクトリーサイエンティスト協会の「FS貢献賞」を受賞

齋藤 公二(インサイト)
2025年5月15日

改善活動がメンバーや部署、工場間に広がる

 実際の取り組みとして谷津氏は、社内利用しているFMS(フレキシブルマニュファクチャリングシステム)の改善事例について、こう説明する。

 「FMSの稼働率を上げるには、加工の最中に止まっている加工運転内停止と、加工が終わっているのに次の仕事がなく止まっている加工運転外停止とに対応する必要がある。前者は機械の動作ログから分析できるが、後者は人の作業が関わっておりデータがなく分析できない。そこにファクトリーサイエンティストによる取り組みが生きてくる」

 具体的には、FMSを稼働させるために人が作業する段取りエリアにおいて、人が作業しているどうかを人感センサーとIoTデバイスで計測。人感センサーのデータと段取りエリアにパレットが送られたことが分かる稼働ログを組み合わせることで、人が段取りに着手しているかどうかを可視化した。現在は、この仕組みを「恒久運用に向けて社内システムに取り込んでいるところだ」(谷津氏)という。

 こうした取り組みが「バトンを引き継ぐように、新たなファクトリーサイエンティストの取り組みにつながっている」と谷津氏は話す。段取り着手を可視化した後に、「着手していないときに作業者が、どこにいるかを可視化することを目指した」(同)。結果、作業者のヘルメットにビーコンを取り付け、作業者の所在と滞在時間が分かるようになった。

 ノウハウが蓄積したことで、加工運転内停止の分析精度も高まっている。「機械の停止は、切削加工工具の交換を知らせるマガジン関連のアラームで止まることが多い」(谷津氏)。そこでファクトリーサイエンティストの1人が、工具交換のための台車の滞留時間を超音波センサーで調査。その取り組みを別のファクトリーサイエンティストが引き継ぎ、マガジンの開閉をカメラで録画し、手元作業を確認できるようにした。

 谷津氏は「これらの取り組みは、ファクトリーサイエンティスト育成講座で実施したもの。社内にノウハウを貯めるために改善事例を共有し、QC活動として現場で実践する。掲示や表彰で成果を讚えるとともに、クラブ活動として“遊んで試す”“自ら学ぶ”ことに取り組んでいる」と説明する(図3)。

図3:ファクトリーサイエンティストによる改善活動を広げるための取り組み

 ファクトリーサイエンティスト養成講座は、自薦または職場推薦により受講できる。それをファクトリーサイエンティスト支援事務局がサポートし「受講時の取り組みを、そのまま現場の改善に生かす」(谷津氏)という。受講後は「先輩受講者のサポートを受けながら取り組み事例を共有し、部署の壁を超えた改善につなげていく」(同)

 「社内にいても他部署とかかわる機会はそう多くはない。ファクトリーサイエンティストという括りが組織の壁を超える取り組みになっていると肌感覚として実感している。これまで関わったことのない部署や、各地の工場をまたいだ事例がIoTを通してつながっている状態だ」と谷津氏は、ファクトリサイエンティストによる活動の広がりを評価する。

社外にも向けた協会のオプション講座「FS工作機械活用講座」も開講

 そのうえで谷津氏は、IoTなどの技術を「自分ごととして捉える」ことの重要性を指摘する。

 「自分の手の中に収まる技術であることを学ぶ機会が必要だ。その意味でもファクトリーサイエンティストの育成が重要になる。IoTの技術を身につけたり、関連ツールを社内に取り込んだりすることがDXではない。DXでは、働き方や人が変革していくことが重要であり、それを担えるのがファクトリーサイエンティストの存在だ」

 さらにヤマザキマザックは、自社のファクトリーサイエンティスト育成にとどまらず、ファクトリーサイエンティスト協会が提供するオプション講座として「FS工作機械活用講座」を2024年から開講してもいる。「メーカー問わず工作機械に特化したデータ取得や加工を体験し、それぞれの課題に取り組む実践的なプログラムだ」(谷津氏)という。工作機械で使われる「MTconnect」プロトコルによる稼働データ取得が軸になる。

 講座は3日間で開催する。第1日は、MTconnectの座学と、小型デバイス「M5Stack」を用いたノーコードプログラミングのハンズオン。第2日は、工作機械の実機からのデータ取得・加工体験と、オリジナル課題への取り組み。最終日は、受講者の所属会社で1週間をかけて取り組んだ事例をオンライン報告会として共有する。

 オプション講座の受講者は累計で39人。製作事例としては、工作機械の削りカスを貯めるバケットから削りカスが溢れる前に距離センサーで検知する仕組みや、旋盤での切削加工における主軸、X軸、Y軸の負荷の可視化などがある。工作機械を所有していない受講者が飲料サーバーの残量検知に取り組んだケースもある。

 谷津氏は「受講に当たって専門知識は不要だ。MTConnectは汎用的なプロトコルであり、当社製工作機械のユーザーでなくとも受講できる。気軽に楽しみながら一歩を踏み出すことが大切だ」と強調する。