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ブリヂストン、現場が使いやすい工場の設計や設備更新をメタバースで事前検証
G生産設備エンジニアリング業務部 主幹 植田 省吾 氏
タイヤ製造大手のブリヂストンは、現場が使いやすい工場を実現するためにメタバースによる事前検証を実施している。そのためのXR(Extended Reality:各種の現実と仮想の融合)アプリケーションの内製化も進める。同社 G生産設備エンジニアリング業務部 主幹の植田 省吾 氏が「Unity 産業DXカンファレンス 2025」(主催:米Unity Technologies日本法人、2025年6月)に登壇し、ブリヂストンにおける工場建設での事前検証の取り組みについて説明した。
「工場建設や設備更新など、大規模な製品や現場視点での検証にはXR(Extended Reality:種の現実仮想融合)技術が有効だ。人の動きや使い勝手など3D(3次元)ビューアでは判断が難しい側面も評価でき、設計品質を高められる」−−。ブリヂストン G生産設備エンジニアリング業務部 主幹の植田 省吾 氏は、同社での工場建設におけるXR技術への期待を、こう話す(写真1)。
VR技術を使い大規模設備の“使い勝手”を事前に検証
ブリヂストンは、2031年に創業100年を迎えるタイヤメーカー。主力のタイヤ事業の他に、メンテナンス支援や運行管理などのソリューション事業、油圧ホースや免震ゴムといった化工品・多角化事業、タイヤ原料のマテリアルリサイクルや植物由来ゴムの研究などの探索事業を展開する。各事業を支える製造拠点は海外に47、国内に10を置く。植田氏は「工場ごとに生産設備やレイアウトは異なっている」と説明する。
エンジニアリング業務部は、製造拠点のレイアウトや設備の設計、インフラ整備などを担っている。例えばタイヤの製造には、布状の素材を積層成形し、空気圧を加えて仕上げるという工程があり、大規模かつ精密な製造装置が必要になる。そこでは「設計したレイアウトや設備が、現場の作業者にとって本当に使いやすいのか、効率的に運用できるのかの事前評価が求められる」(植田氏)
そのため同社では「早くから設計段階でのレビューの重要性を認識してきた」と植田氏は話す。2010年代にはVR(Virtual Reality:仮想現実)技術を使った事前検証に取り組み始めている。植田氏は「VRは人が実際には行けない場所や持ち運べないものを再現でき、大きなプロダクトの検討に適している」という(図1)。
当社は、複数のプロジェクターで3D空間を再現するプロジェクション型VRを採用した。しかし「高価であり、かつ専用設備が必要なため利用場面が限られていた」(植田氏)。その後、ヘッドセット型VRデバイスにも期待したものの「操作に習熟が必要で、設備設計の担当者が気軽に使えるツールではなかった」と植田氏は振り返る。
ゲームエンジンを採用しVRアプリの内製化を推進
VRを使った事前検証を進めるに当たりブリヂストンは2018年頃から、VRアプリケーションの内製化にも取り組み始める。社外の協力を得る開発スタイルでは「開発に数カ月を要し、用途に合わせた改修が難しかった」(植田氏)ことも内製化を進める理由の1つだった。
内製化に向けて最初に取り組んだのがゲームエンジン「Stingray」(米Autodesk製)の採用だ。その選定理由を植田氏は「工業系のアセットやテンプレートが充実しており、すぐにVRアプリを構築できたのが魅力だった」と話す。
ところが現場で利用してみると課題が顕在化した。「自社の設備や工場レイアウトを正確に3D化するには、汎用アセットだけでは不十分で、どうしても自前でデータを作り込む必要があった」(植田氏)のだ。それは「非常に手間のかかる作業だった」(同)という。
こうした課題を補うためにブリヂストンは、現実空間に3Dモデルを重ねて表示するMR(Mixed Reality:複合現実)技術や、複数のデジタル写真を解析・統合して3Dモデルを作成するフォトグラメトリー技術などを試していく。
MR技術では「背景になる設備をわざわざ作らずとも、簡易なモデルとマーカーだけで実用的な業務アプリが構築できた」(植田氏)。例えば、引っ越し前のオフィスを360度カメラで撮影し、その画像を基に扉の動作を仮想的に体験できるアプリなども開発した。「シンプルながら実務に直結する成果を得られた」(同)と評価する。
フォトグラメトリー技術は「業務で利用できるレベルの3Dモデルを作成するには、膨大な撮影枚数と処理時間がかかり実用には至らなかった」(植田氏)。その経験から、360度撮影と簡易な点群データから3Dモデルを生成できるスキャンカメラを使い「Googleストリートビュー」のように空間をウォークスルーで確認できる仕組みを開発した。「モデルの精度こそ高くはないが、MRデバイス「HoloLens」(米Microsoft製)を使った打ち合わせには利用できた」(同)
ところが利用していたStingrayの提供が終了してしまう。そこで2021年に、VR/MRのアプリ開発の基盤をゲームエンジンの「Unity」(米Unity Technologies製)に一本化する方針を固めた。「産業用途にも対応した開発環境が整いつつあった」(植田氏)からである。