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三菱マテリアル、事業横断をITで支援し現場の“気づき”と主体性を育む
システム戦略部 CIO(最高情報責任者)板野 則弘 氏
金属資源における循環型社会の実現に向け、三菱マテリアルは現場起点のIT戦略とDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に取り組んでいる。同社システム戦略部 CIO(最高情報責任者)の板野 則弘 氏は、IT戦略とDX推進の鍵は“気づき”にあるという。「CIO Japan Summit July 2025」(主催:マーカス・エバンズ・イベント・ジャパン、2025年7月)に登壇した同氏が、日本型ITプロジェクトの課題や気づきを起点とするDXの本質を語った。
「DX(デジタルトランスフォーメーション)の要諦は“気づき”だ。一部の専門人材に限らず、社員1人ひとりの中にある“気づきの種”をどう育てるかが鍵になる」--。三菱マテリアル システム戦略部 CIO(最高情報責任者)の板野 則弘 氏は、こう指摘する(写真1)。
DX戦略「MMDX2.0」で競争力と持続可能性の両立を図る
銅を中心に金属素材や加工製品を供給する非鉄金属メーカーの三菱マテリアルは循環型社会の実現を目指している。金属、銅加工、電子材料、加工、そして再生可能エネルギーの各事業を手掛け、近年は「グループ横断での環境経営とデジタル戦略の両立に力を入れている」と板野氏は説明する。
デジタル戦略の中核をなすのが、デジタルによる業務改革と価値創出を目指すDX戦略「MMDX(三菱マテリアル・デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション)」である。2022年からは「中期経営計画2030」に沿い、第2フェーズとしての「MMDX2.0」をスタートさせている(図1)。
MMDX2.0では(1)事業系DX、(2)ものづくり系DX、(3)研究開発DXの3領域に取り組む。そこにITによる支援を横断的に提供することで「データ活用と人材の自律的な成長を両輪に、持続可能な経営基盤の構築を推進している」(板野氏)
MMDX2.0の代表的な成果として板野氏は「E-Scrapプラットフォーム」を挙げる。リサイクル資源として注目される使用済みの電子機器から取り出された廃電子基板「E-Scrap」をグローバルに調達するためのオンラインサービスだ。「見積もりから契約、出荷、入荷、分析までをデジタルで一気通貫し、サプライヤーとの取引効率を高める仕組みで、事業の競争力向上と持続可能性を両立させる先進事例として注目されている」(同)という。
これらの取り組みが評価され、三菱マテリアルは経済産業省が認定する「DX注目企業」に3年連続で選ばれている。
業務の標準化はITシステムの導入だけでは叶わない
IT戦略の実行において、日本の代表的な課題として板野氏はERP(Enterprise Resource Planning:企業資源計画)システムの導入を指摘する。海外のERP導入プロジェクトと比較して「日本ではカスタマイズが多く、プロジェクト自体も時間がかかっている」(同)からだ。
三菱マテリアルも近年、基幹業務システムを刷新するためのERP導入プロジェクトに取り組んできた。そこでは「ERPパッケージの標準業務プロセスに適合させる『フィット・トゥ・スタンダード(Fit to Standard)』の原則の下、アドオンによる個別カスタマイズを極力排してきた」(板野氏)
前職でのSCM(Supply Chain Management)領域へのERP実装のケースでは「各事業部門の業務要件に対応する固有のアドオンが次第に追加された。さらには複数部門で共通化した「横断的アドオン」も積み上がっていった。それでも各所の調整により一昔前に比べてアドオンの数は桁違いに激減したものの、結果的には2年がかりのプロジェクトになった」と板野氏は振り返る。
その一方で、海外のグループ会社では同様のERP導入が半年程度で完了するケースもあるという。板野氏は「『業務を変える』『まずは使ってみる』といったマインドセットの差が、導入スピードに大きく影響している」と指摘する。
そもそも日本企業では「業務処理自体が複雑かつ多岐にわたるという構造的な課題もある」(板野氏)。複数の部門や拠点が関与し、独自の手順や例外処理が常態化しているため、業務の標準化が難しい側面がある。「こうした背景のなかでIT導入を進めてもシステムの側だけでは解決できない。『人・業務・組織』の側に目を向けることが必要だ」と板野氏は強調する。
そのうえで板野氏は「グローバル企業がITシステムを導入する際は、各国のマーケットの特性に応じた議論が必要だ」とする。「ITは単なるツールに過ぎない。業務プロセスやビジネス、さらには各国のマーケット特性を組み合わせて初めて“業務システム”として機能する」(同)からだ。「自社の立ち位置や業務プロセスが国際的に通用する正しいやり方なのかどうかを見極めるには、グローバル全体の中で自社のポジショニングを認識する必要がある」(同)