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日立製作所、グループの全28万人が生成AIを利用し知見を蓄積し顧客に提供
「Manufacturing CIO Japan Summit 2025」より、AI CoE HMAX & AI推進センター本部長の吉田 順 氏
本人も意識していない暗黙知を引き出す
本人も意識していない無意識のナレッジを引き出すために吉田氏のチームでは、次の3つの方法を採用している。
方法1=エスノグラフィー
参与観察やインタビューによって暗黙知やノウハウを抽出する。熟練者の無意識な動作や行動を現場で観察し、その後に暗黙知につながりそうな事象を中心にヒアリングし深掘りする。これにより「熟練者の頭の中にあるナレッジが吐き出される」(吉田氏)という。それを基に暗黙知やノウハウをデータ化する。
その際に重要になるのが「誰をエスノグラファー(抽出者)にするかだ」と吉田氏は指摘する。吉田氏らは「エスノグラフィーの専門性を持ちながら、ある程度ドメイン知識を持った人をメンバーに入れている」という。「ドメイン知識がないと、熟練者が何の動きをしているかが分からない」(同)からだ。逆に「深いドメイン知識を持っている人も適していない」(同)とする。「知識があり過ぎると、熟練者の動きに疑問を抱かなくなることが多いため」(同)である。
方法2=AIインタビュアー
AIシステムが熟練者に質問し、それに答えてもらう。過去のトラブル履歴から「なぜ、このときに、こういう行動をしたのか」という質問を投げかける。なぜを繰り返すことで「熟練者の思考を深掘りし、形式知化していく」(吉田氏)。熟練者が好きな時間に回答できるというメリットに加え「AIシステムに慣れるという意味でも良い方法だと思う」と吉田氏は話す。
方法3:動画撮影と分析
方法1と2は、言語化できる知識が対象だ。だが、身体的な動作など言語化ができない知識やノウハウもある。その場合は動画を撮影し、それをAI技術で分析する。例えば溶接現場のノウハウ抽出では、溶接時の手の動きを撮影し、熟練者と非熟練者の動きを比較することで作業ノウハウを引き出している。
吉田氏は「最近のAIは動画を入力すれば、そこに映っている熟練者の動き方を解説できる。動画解析のコストが下がり、身体の動きを伴う作業ノウハウの抽出にはかなり有用だ」と評価する。
全社展開にはトップダウンとボトムアップの双方が必要
さらに吉田氏は、生成AIシステムを全社員に展開する際の“コツ”として「トップダウンとボトムアップの双方の施策が必要だ」と強調する(図3)。
トップダウンの施策としては「まずは経営幹部が『AI技術を使って、こう変わっていくんだ』という強いメッセージを打ち出すことに加え、推進部署を設置することが重要だ。それにより会社の雰囲気が変わる」(吉田氏)とする。一方のボトムアップの施策としては「勉強会や研修会の開催、コミュニティの設置といった取り組みが有効だ」(同)とする。
トップダウン施策の例として吉田氏は、日立の常務で営業トップを務める馬島 知恵 氏による徹底的なAIの利用と、そこからの情報発信を挙げる。吉田氏は馬島氏に「仕事だけでなく、プライベートでも良いので、朝から晩までAIを使ってください」とお願いした上で、馬島氏の利用内容を時系列で、感想と共に社内外に公開した。
これにより「馬島常務自身がAIについて顧客に滑らかに話せるようになった上に、数千人いる営業メンバーのAI活用に対する意識が高まった」と吉田氏は話す。今では馬島常務だけではなく、他の経営幹部も積極的に利用していることから「AI技術への投資に関する議論もしやすくなった」(同)とする。
またトップダウンとボトムアップが連動した事例として、AI利用率100%を達成した北海道支社の取り組みを挙げる。北海道支社では50人にいる従業員全員が毎日、AI技術を利用しているという。
利用率100%を達成できた理由の1つが「支社長の強力な推進」(吉田氏)である。部門横断的なタスクフォースを編成するなどの推進体制を設計した上で、各チームから意欲と適性のある人材を選出して集中的な研修とハンズオンを実施し「生成AIチャンピオンを育成した」(同)
もう1つの理由は「AIを積極的に勉強する若手が1人いたこと」(吉田氏)だ。その若手は「AI技術が個人的に大好きになり毎日、利用するだけでなく、週末などオフの時間にも勉強し、地域にAIを普及させるためのコミュニティまで立ち上げた」(同)。その活動が社内にも広がり「彼を中心にAIに関するテクニックなどを教える活動が広がった」(同)としている。
現場の担当者がAIを“使う”時代から“作る”時代に
種々の業務へのAIエージェントの利用を推進してきた日立では現在「AIエージェントを使うだけではなく、作るフェーズに入っている」と吉田氏は話す。そのために全社のAIエージェントを統括する部門を設置。「同部門が依頼に応じてAIエージェント開発しながら、徐々に作り方を教え現場でも開発・実装できるようにしていく」(同)考えだ。
その一例が、保守現場の作業効率を高めるためのAIエージェントの開発である。保守作業前後の画像を比較し原状復帰の合否を判定する。「保守メンバーに講習会に参加してもらい、業務効率を高めるアイデアをいろいろ出してもらった。ゆくゆくは保守メンバーにも開発にチャレンジしてもらおうと思っている」と吉田氏は話す。
注目が集まるAIエージェントだが今後は「自動運転や自律走行ロボットなどフィジカルAIの時代が到来する。日立は、これまでのドメインナレッジとフィジカルAIなどの先端技術を組み合わせて新たな価値を提供していく」と吉田氏は力を込める。
その中核になるソリューション群が「HMAX(エッチマックス)」だ。HMAXの利用例として吉田氏はイギリスの高速鉄道を挙げる。
イギリスでは15年前から日立製の車両が走っている。車両はセンサーを経由して集中監視されているが、そこで車両に米NVIDIA製サーバーを搭載し、車両の状態をリアルタイムに解析するようにした。集中監視センターに送信するデータも同サーバーで選別しデータ量の削減につなげているという。
また次世代AIエージェントの開発にも取り組んでいる。その1つが「Frontline Coordinator-Naivy」で、現場作業における非熟練者の心理的負担の軽減と作業の効率化を支援するという。吉田氏は「こうしたチャレンジを通して、次の時代に向かっていきたい」と意気込みを隠さない。
