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AI本格時代を迎えたFintechと金融変革の行方【第94回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2025年7月21日

生成AI技術が金融業界の変革を加速

 生成AI技術は金融業界の変革にも大きな影響を与えつつある。次のような分野で、さまざまなサービスが始まっている。

金融機関における社内業務支援

 契約書、投資信託の説明書、コンプライアンスレポートやリスク評価報告書などを自動で作成したり作成を支援したりする。金融機関内部向けに各種のアドバイスを提供するために生成AI技術を活用している例もある。

社内情報検索

 社内の商品マニュアルや、過去の対応履歴、法務情報などを横断的に検索する。教育に使うことで社員教育の強化やコスト削減を実現する。

顧客サポートの省力化・自動化

 チャットボットを使って、電話による顧客からの問い合わせに応答する。振込限度額の確認、紛失カードの一時停止など内容によっては自動化が図られている。多言語に対応する。

投資や家計アドバイス

 投資や家計にアドバイスするサービスが生まれている。投資に関しては、アドバイス型と投資一任型がある。投資一任型では、投資目的や積立金額を設定すれば自動的に運用してくれる。チャット形式で家計を管理し、口座データや支出の傾向を分析し節約ポイントを提示するサービスもある。

不正・詐欺検出

 監視業務に利用し、不自然な送金など異常な行動から不正や詐欺を検出する。

生成AI技術を使った新サービスが競争力の源泉にも

 日本の金融機関における生成AI技術の利用状況について、日本銀行が2024年4月から5月にかけて取引先金融機関155行を対象に「AIの利用状況等に関するアンケート」を実施している。

 その結果をまとめた『金融機関における生成AIの利用状況とリスク管理』によれば、生成AI技術について「利用中」が31.0%、「試行中」が27.1%、「利用予定での試行(先行き3年)」が17.4%だった。7割超の金融機関が生成AI技術を活用中か試行中であり、その活用が進んでいることが分かる。

 導入目的としては「業務効率化/コスト削減」が約90%、「情報収集/分析高度化」が30%だった。それに「リスク管理」「顧客サービス向上」「収益増加」がいずれも10%以下で続く。業務効率化や情報収集・分析など補助作業に使われるケースがほとんどだ。だが、AI技術の利用教育や活用推進に注力する企業も多く、金融分野でのさらなる活用が期待される。

 一方、米国では、JPモルガンが金融業界に革新的な変化をもたらすテクノロジーとして、AI技術の活用推進に力を入れている。AI技術や機械学習の専門家やデータサイエンティストを2000人以上擁し、銀行業務を担当する新入社員全員にAI技術の教育を実施する。投資先情報の迅速な引き出しや、反復可能な機械的作業をAI技術で自動化し、アナリストの業務効率向上や顧客サービスの向上、リスク管理などに利用する。

 新しい金融商品も作りだしている。JPモルガンが商標登録を申請した「IndexGPT」が、その1例だ。IndexGPTは、テーマ別インデックスをほぼ自動で構築する。テーマから関連するキーワードのリストを生成し、別の自然言語処理モデルを使って該当分野の企業を特定する。

 このようにAI技術は、業務効率や生産性の向上から、新サービスの開発や自動化へ活用分野を広げている。金融ディスラブションを進め、競争力の源泉になりつつある。

 ただ金融機関のデジタル技術への依存度が高まるにつれ、サイバー攻撃やデータ漏えいといったリスクも増えている。最近でも損保ジャパンが最大1750万件の顧客情報の漏えいの可能性を発表した。

 またNISA(少額投資非課税制度)により金融サービスの口座数が伸びていることもリスクにつながっている。NISA口座数は2024年12月末に2560万だったものが2025年3月末には2647万に増加しており、この口座を狙った乗っ取りが大きな話題になっている。金融機関の脆弱性対策は、顧客が安心・安全に使えるためには不可欠である。

 顧客の側もフィッシング攻撃に注意し、パスワードの使い回しや脆弱なパスワードを使わないなどの徹底し、多要素認証を使うなどの対策を怠らないことが必要である。これらの対策によって安心・安全に使えることが、サービス活用増加の基盤になる。

金とモノの流れが融合し新たなサービス開発競争を起こす

 デジタル化が進み、キャッシュレス決済やスマホを使った銀行機能の実行、デジタル通貨による送金手段など、さまざまなサービスが今後も広がっていく。その活用も、業務の補助や支援への利用から、自動化や主要業務における日常のワークフローに組み込まれるようになる。この流れは、金とモノの流れの融合につながっていく。

 生成AI技術の進化は続いており、できることも増えている。生成AI技術を使った新サービスの開発競争も起こる。その中で、競争力を実現するためには、テクノロジーや人材、セキュリティ対策への投資など、テクノロジー部門への投資・強化が重要になる。そして、それらを使って、どう変化していくのかが成功のカギになる。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。