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生成AI普及で広がる人員削減、AIスキル人材育てる社会の変革が必要に【第96回】
「生成AI+RAG」が検索やコンテンツのビジネスに変革迫る
このように効率化や自動化によって労働のあり方に影響を与えつつある生成AI技術だが、ビジネス自体を変える分野もある。検索が、その1つだ。
米Googleの検索エンジンは圧倒的なシェアを持つ。「クローラー」と呼ばれるプログラムがインターネット上を自動巡回(クロール)して情報を収集し、集めた情報をデータベースに登録。利用者の検索に応じて絞り込んだ結果を表示する。結果のリンクにより各社のサイトへ誘導し、リンクのクリックに対して課金する。このビジネスが生成AIによって競争が激化し、シェアにも影響を与え始めている。
その要因が「RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)技術である。LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)に検索機能を組み合わせるための手法として利用が広がっている。LLMに新たな知識を追加するには、専用の学習データによる追加学習が必要だが、RAGにより、この追加学習のステップを省略できる。検索エンジンの代わりにRAGと生成AI技術を組み合わせて使うケースが増えてくる。
Google自身も検索エンジンへの生成AI技術の組み込みを進めている。Webサイトの内容から検索結果の最上部に要約を表示する「AIオーバービュー」や、チャット形式で質問に答える「AIモード」などとして提供する。しかし、この要約機能により、利用者は検索結果のリンクをクリックする必要がなくなり、サイトへのトラフィックが激減している。各社のサイトへの訪問者数が減少し、ニュースサイトや知識集約型ビジネスの事業に大きな影響を与えている。
また生成AI技術による検索では、検索エンジンで自社サイトを上位に表示させ訪問者を増やす「SEO(Search Engine Optimization)」対策も意味がなくなる。Webによる情報提供やコンテンツ設計の変更が必要であり、これらのビジネスに関わっている労働力にも影響がある。
人員削減は生成AI技術による成果の先取り
上述してきたような生成AI技術による効果や変化を期待し、多くの企業がAI技術に投資している。米MITの調査によると、企業投資は300億~400億ドルに対しているものの、95%の組織が「ゼロリターン(収穫なし)」だと回答している。
なぜ、このような回答になるのだろうか。その理由の1つは、生成AI技術の効果であるバックオフィスの効率化や自動化などは主に、個人の生産性を高めるものであり、企業が求める効果には直接的にはつながりにくく、損益などの業績を高めるまでには時間がかかることだろう。
しかし、数百万ドルの価値を生みだしている企業があるのも事実だ。生成AI技術が大きな変革を推進しビジネスを変えているのも現実だ。米国の人員削減は生成AI技術の成果の先取り、あるいは成果に向けた変更だともいえる。
生成AI技術の活用は、仕事の効率化や自動化だけでなく、仕事やビジネスの変革も進める。これを成功させるためのAIプロジェクトの進め方としてWEFのレポートは「自社開発による成功率より、専門ベンダーからの購入やパートナーシップによる導入の方が成功率が高い」としている。AI技術の進化や新しい活用方法の開発が続くなかでは、専門ベンダーとの関係の下にAI技術の進化をとらえれば、活用が容易になるというわけだ。
また、生成AI技術に関わる変化は、組織や体制だけでなく、必要な人材やスキルにも大きくかかわる。例えば米国では、生成AI技術が新入社員の仕事を代替できるようになり、大卒者の「就職氷河期」を招いている。ソフトウェア開発の変革からコンピューター関係の若者の失業率も高い。
このように生成AI技術によって企業の競争力が大きく変わる時代にあっては、人材やスキルを、どう迅速に対応させるかが課題になる。AI関連スキル人材への投資や、リスキリングによるAIスキル育成などによってAIスキル人材を増やす必要がある。
ただし、AI技術が人間の仕事の全てを奪うことはない。人間とAI技術の協業が重要になる。それを成功させるためにもAIリテラシーの向上は不可欠だ。AI時代に必要なスキルを身に着けるための社会全体でのスキルトランスフォーメーションが必要である。
大和敏彦(やまと・としひこ)
ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。
その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。