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リアル店舗では避けられない“待ち時間”をなくす【第4回】

藤田 岳志(ADKマーケティング・ソリューションズ エクスペリエンス・デザインセンター)
2019年8月28日

 さらにスタグルの待ち時間解消では、スマートフォンの専用アプリケーションを使った「モバイルオーダー」が始まっている。Jリーグや野球のいくつかのスタジアムが試験的に導入し始めている。

 モバイルオーダーでは、スマホにダウンロードした専用アプリを使って商品を注文し、その場でカード決済を済ませる。すると受取時間の目安が表示される。さらに商品が準備できた段階で「受取可能」の通知が届く。窓口での待ち時間はゼロである。

 海外では座席まで商品をデリバリーするケースもある。商品を取りに行く時間すら不要になる。試合が盛り上がっていて席を離れたくないなどのニーズに応えるサービスで、売上高を億単位で増加させた例もある。届け先の座席は席番号や位置情報などから把握している。

トイレの行列はIoTで解消へ

 スタジアム内での待ち時間といえば、トイレは大きな問題である。緊急事態もあれば、長い列に並んでいる間に良いシーンを逃すこともある。トイレの行列解消に有効と考えられているのがIoT(Internet of Things:モノのインターネット)の活用だ。個室のドアの開閉をセンサーで把握したり、トイレの外に並んでいる人数をカメラの画像認識したりすることで混雑具合を把握すれば、待ち時間を推測が可能になる。

 混み具合や待ち時間いった情報をスマホやサイネージに配信すれば、トイレでの待ち時間を削減できる。位置情報を活用し、自席から空いているトイレまでをスマホ上で誘導することもできる。

 位置情報の取得では、GPS(全地球測位システム)の利用が一般的だ。精度はメートル単位で少し粗いが、新しい人工衛星「みちびき)が本格稼働すれば数センチ単位にまで向上する。ただし、地下や屋内など電波が届きにくい場所では衛星からの信号を受信できず使い勝手が悪い。

 そのためスタジアムなどでは、Wi-Fiによる測位が採用されている。アクセスポイントの設置場所や、ルーターのSSID(Service Set Identifier)/BSSID(Basic Service Set Identifier)の値から位置を算出する。

 トイレの行列解消の仕組みは、ゲームなどが終了した後の混雑解消にも有用である。退場時のゲートや駐車場の混雑なども、ほぼ同じ仕組みで解消できる。混雑具合を把握し、スマホなどと連動して誘導する。

通信環境の整備が前提に

 待ち時間と言えば、こんな待ち時間もある。通信待ちだ。コンサート会場やスタジアムなどでネットにつながらずイライラした人も多いはずだ。狭いエリアに非常に多くの人が集まれば通信環境が非常に悪くなる。通信環境が悪いと、上述したサービス自体が受けられなくなる。従って、サービスの提供と通信(Wi-Fi)環境の整備は表裏一体である。

 たとえば米アトランタにあるメルセデスベンツスタジアムでは、アクセスポイントが1800基設置されている。1日のデータ通信量も最大で24TBもあった。非常に大規模なケースではあるが「どこでもつながる」「大量にデータをやり取りできる」の2点が重要である。

 今後の通信環境として期待が高まるのが5Gだ。5Gの速度は4Gの100倍と言われ、2時間の映画を3秒でダウンロードできる速度である。5Gがもたらす価値は本稿のテーマではないが、少しだけ触れておく。

 スタジアムでたとえば野球を観戦する時、当然座席位置からの視点でしか観られない。本当は色々な視点からゲームを観たいものだ。これが5G環境になれば、各所に設置されたカメラ映像をスマホから、視点を切り替えながらリアルタイムに観られるようになる。ディレイ再生も可能で、生で観戦しつつ、観たいシーンを観たい視点で観たいタイミングに観られる。生観戦と映像のいいとこ取りをしたハイブリッド観戦である。

待ち時間解消など課題解決には複合的なアプローチが必要

 コンサート会場やスタジアムを題材に、今回紹介したサービスは、スーパーや飲食店、アミューズメントパークなど、さまざまな施設で応用可能である。本稿で示したように、あるエリアでの課題を解決し、顧客体験を高めるためには、フィンテックやAI、位置情報、通信環境など複数のデジタルテクノロジーを組み合わせながら、新たな活用策を立案する必要がある。

 ネット上での体験が、ますます便利になろうとしている昨今、リアル世界での不満は事業の大きな足かせになるリスクがある。5Gやデジタルテクノロジーの可能性を探ることが競争優位につながる。

藤田 岳志(ふじた・たけし)

ADKマーケティング・ソリューションズ エクスペリエンス・デザインセンター所属。日本IBMのデジタルマーケティング部門IB M iXとの共同事業であるalphaboxのマネージング・ディレクター。alphaboxは、ITとマーケティングを融合させたCX(Customer Experience)のコンサルティングを提供するユニットである。