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優秀な店員同様のアップセル/クロスセルを実現する【第5回】

村本 美知(ADKマーケティング・ソリューションズ エクスペリエンス・デザインセンター センター長補佐)
2019年10月10日

どこでもWi-Fiがつながり、スマートフォンが高機能になることで、私達は多数のタスクと同時並行で向き合うようになり、さまざまな体験が分断されている。一方で、EC(電子商取引)サイトからは、あの手この手のアプローチがあり、隙間時間にショッピングができたり、欲しいものを欲しいときに入手できるようにもなった。今回は、ECにおける打ち手を掘り下げてみる。

 EC(電子商取引)サイトで、ある商品を購入しようとしている最中に他の用事に気を取られ、商品をカートの中に残したまま放置したところ翌日、「買い忘れていませんか?」というe-DMを受け取った経験はないだろうか。ECサイトの事業者は、商品やサービスを顧客が「ちょうど欲しかったところだ」と思って購入してくれるように、さまざまな手を打っている。

新規顧客の獲得コストは高く元が取れない

 ECビジネスで重要なことは、一度購入してくれた顧客に、優良な体験を積み重ねてもらうことで、リピート購入やアップセル/クロスセルを促し、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を高めていくことだ。

 なぜなら、新規顧客の獲得にかかるコストの元が取れないことがほとんどだからだ。元が取れるのは、不動産などの高額商品か、長期契約の金融商品など一度の購入で、ある程度の売り上げが見込めるものに限られる。

 アップセル/クロスセルの一例として、取り扱う商材がシンプルな航空会社のビジネスを挙げる。航空会社のアップセルの代表は、既にエコノミークラスのチケットを購入している顧客に対し、ビジネスクラスへのアップグレードを薦めるケースである。

 その場合、顧客が搭乗するフライトの時期が迫ったタイミングでeDMを送付したり、顧客がオンラインでチェックインするためにWebサイトを訪れたタイミングを待ち受けて個別のメッセージを出したりする。

 あるいは、顧客が購入した航空券の目的地の周辺情報をWebサイトで検索しているようなら、乗継便のオファーや系列ホテルのお得なパッケージ料金を提示することが有効かもしれない。これがクロスセルだ。

 では、リピート購入やアップセル/クロスセルによって顧客のLTVを高めるには、どんな顧客データが必要で、それをどう活用すれば良いのだろうか。

個人に紐付いたデータを管理するCDPが必要に

 第3回で「DMP(Data Management Platform)」というデータ基盤に触れた。DMPは「cookie」の仕組みを使ってcookie単位、つまり顧客が使っているデバイスやブラウザーの単位のデータを集め、それを活用する。

 これに対し、ECなどで顧客個人を特定しコミュニケーションするためには“人単位”での情報管理に特化したデータ基盤が必要になる。これを「CDP(Customer Data Platform)」と呼ぶ’(図1)。

図1:「DMP(Data Management Platform)」がデバイスやブラウザー単位なのに対し、「CDP(Customer Data Platform)」は“人単位”で情報を管理する

 CDPの設計思想は、“実在する個人”に紐づく、会員IDや氏名、生年月日、住所といったデータを集積させることで、個人のプロファイルを精密かつリッチにしていくことにある。DMP同様、データの収集や蓄積、統合、セグメンテーションの機能を持つ。

 ただCDP自体は、顧客にオファーする内容などのアイデアを練ってくれるわけではない。重要なことは、顧客のWebサイト内での行動履歴や購入履歴を元に、(1)アップセル/クロスセルの可能性が見込める顧客のセグメンテーションと、(2)そのセグメンテーションに仕掛けるコミュニケーションのシナリオを設計/プランニングすることだ。

 セグメンテーションは特定の顧客に特別なオファーを提示するために設定する。そこでは、購入頻度が高い顧客には、お得なオファーを提示することがホスピタリティだと思いがちだが、売上拡大を図るには「除外セグメンテーション」の発想も必要である。

 お得なオファーがなくてもリピートしてくれる“エリート会員”には、ディスカウントの案内が表示されないようにする。購入したチケットのフライト日程がまだ先の顧客に新たな旅の提案がされないようにするなどだ。除外セグメンテーションの設定が、コミュニケーションコストの抑制につながる。