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チャレンジャーバンクの登場で激化するFintech争奪戦【第2回】

貴志 優紀(Fintech協会理事/Plug and Play Japan Director)
2020年9月14日

欧州はすでに“群雄割拠”に

 欧州ではチャレンジャーバンクの勢力拡大が、米国に先行して始まっていました。その背景には政府の後押しがあります。英国政府は、銀行に競争を促す目的で、Fintechにも積極的に銀行ライセンスを付与してきました。こうしたバックアップを受け、Atom BankやRevoult、Monzoなどのチャレンジャーバンクが2015年ごろから続々と誕生してきました。

 そのため欧州、特に英国ではチャレンジャーバンクと大手の競争が厳しくなっています。大手では、Goldman Sachsが傘下のMarcusを通じてオンラインの消費者金融業を展開。JP Morganも2021年にデジタルバンクに参入する予定です。

 Nat West Group(旧RBS)に至っては、2019年に個人向けのスマートフォン用アプリケーションをリリースしたものの、半年ほどで撤退に追い込まれてしまいました。既存の金融機関とFintechが混在する欧州は、すでに淘汰の時代に入っているといえます。

 EU(欧州連合)には「パスポーティング制度」があり、域内のある国で免許を取得すればEU全域で同じサービスを提供できます。ところが英国がEUを離脱したことで、英国で取得したライセンスでは、ほかの地域で業務を続けられなくなりました。当然、英国外で取得したライセンスでは英国では業務ができません。

 2020年末までの猶予期間がありますが、ドイツのチャレンジャーバンクであるN26はすでに英国からの撤退を表明しています。N26の場合は英国で思うように顧客を獲得できなかったという面もありますが、同様の動きが出てくるのかどうか注目です。

アジアはFintech争奪戦

 アジアはどうでしょう。アジアでは現在「WeChat(微信)」や「AliPay(支付宝)」など、さまざま機能を統合した「スーパーアプリ」が、金融サービスを含めた一般消費者の生活圏に浸透しています。こうしたスーパーアプリを強く意識した形で、各国がデジタル銀行業のライセンスを付与する動きが広がっています

 中でも先行しているのが香港です。シンガポールも2020年に入って積極的になっています。シンガポールは、フルバンク免許と法人向けなど一部業務に限ったホールセール免許とを合わせて、最大5社に付与すると表明しています。

 こうした動きを受け、他業界の企業がシンガポールで銀行業に参入しようとしています。シンガポールの配車大手であるGrabを筆頭に、台湾のスマートフォンメーカーである小米(シャオミ)、「TikTok」を運営する中国のByte Danceなどの名前が挙がっています。Byte Danceは動画をライブ配信しながらモノを販売するライブコマースをすでに展開しているだけに、銀行業との親和性はかなり高いと見られます。

 シンガポールが選ばれているのは、中国ではAlibabaなど競合が多いためです。中国外でライセンスを取得できる国で、かつ世界の金融サービスのハブにもなれる国との期待があるようです。台湾やマレーシアでも同様の動きがあり、アジア各国でFintech企業の争奪戦になりそうです。

ファンディング(資金調達)では「勝ち馬に乗る」動きが鮮明に

 欧州を筆頭に世界各国で今後、Fintech企業と既存の金融機関との競争が激しくなっていくでしょう。

 大手金融機関と比べると、Fintechにはユーザー視点に立ったサービスを機動的にアジャイルで開発できるという強みがあります。実際、アプリのUI(User Interface:ユーザーインタフェース)/UX(User Experience:顧客体験)や、口座開設までの日数、口座開設までに必要なクリック数などを見ても、Fintech企業のサービスのほうがユーザーに支持されやすくなっています。

 とはいえFintechの淘汰も、ある程度進むでしょう。足元では資金調達の面でも「勝ち馬に乗る」傾向が強まっているからです。ベンチャー業界の調査会社CB Insightの調査によると、メガラウンドと呼ばれる100億円以上の調達件数は2020年の4~6月期に、Fintech分野は過去最高になりました。

 同時期の調達は、EarlyステージよりもLaterステージの調達が激しくなっています。この傾向は英国、米国、シンガポールでみられます。新型コロナの流行で景気の先行きが見通せず、リスクが取りづらくなっている中、今後の成長に賭けるよりも、すでにある程度IPO(株式の初回公開)などが見えている企業に投資したいと考える投資家が増えているようです。

 コロナの影響では、Fintechの中でも業態によって伸びる企業と衰退する企業が大きく分かれていきそうです。株式を無料で売買できるRobinhoodでは、新型コロナの流行後、取引量が急増しました。給付金を投資に振り向ける動きをうまく取り込んだようです。

 P2P(個人間)レンディングについては、ビジネスモデル自体が危うくなっています。コロナ禍により、個人の資金に余裕がなくなり、P2Pの貸し手が減少してしまっているからです。

 一方で、顧客基盤を増やしたいと考えている大手金融機関は多いため、今後はP2Pプラットフォームを買収する動きも出てくるかもしれません。Lending Clubとは逆の動きですが、銀行傘下に入っても金融コストを下げられます。

 Fintech企業は今後、大手とタッグを組んで生き残るのか、あるいは単独で業態を拡大していくのか。各社の戦略が、より一層問われそうです。

貴志 優紀(きし・ゆうき)

Fintech協会理事。Plug and Play Japan Director)。2008年ドレスナー・クラインオート証券に新卒入社後、2009年にドイツ証券へ転職。金融商品のバリュエーション、決済などオペレーション業務に従事。2016年ケンブリッジ大学にMBA留学後、2018年5月よりPlug and Play JAPANに参画。Fintech部門のディレクターとしてFintechプログラム全般を担当。